Back Capter2-1
強い雨が打ちつける。
足場の悪い崖道を大人達に言われるがままに走り続ける。
そんな時、足元の石に足を取られ転んでしまった自分を前を走っていた兄が戻ってきて抱き起こしてくれた。
背後から湧き上がる悲鳴。
不意に頭上を過ぎる黒い影。
目の前に迫る鋭い爪。
次の瞬間、自分は突き飛ばされ大人に抱きかかえられる。
振り返って目に写ったのは、倒れた兄の姿と背後から迫る魔物を食い止める父の姿。
「……!!」
そこで目が覚めアムルは身体を起した。呆然と自分手を見つめそのまま顔に手を当てる。
「…また…あの時の夢かよ…。」
以前、暮らしていた村が魔物に襲われ、皆と逃げる最中の事…その途中で魔物に追いつかれ、多くの犠牲者が出た。
後日、その場所から運ばれた遺体の中には変わり果てた父の姿があった。
しかし、兄の姿は見つけることが出来なかったのだ。
大人達はきっと魔物の餌食になったのだろうと言ったが、アムルは信じることが出来なかった。
双子だから…なのだろうか。いつも離れていても兄の存在が感じ取れていた。
それは、あの出来事以降も…微かではあるが、その感覚は完全には消えてはいなかった。
溜息をつきベッドから起きると浴室へ向かい頭からシャワーを浴びる。
そして、着替えると家の隣の厩舎に入り中に居たチョコボ…ナークに声をかけた。
羽根先が普通のチョコボより黒いナークは数年前、森でアムルが保護し育てたチョコボでとても賢く人懐こい性格をしている。
餌をやり厩舎の掃除をした後、アムルはナークを引き家を後にした。
途中、朝仕事をしている村人達と挨拶をかわし村を出た所でナークに跨り山道を駆け出した。
半日程、ナークを走らせアムルはカズスの西の砂漠にある風の塔へとやって来ていた。
そこの中央にある泉が湧く塔の隅にある小さな石碑に持ってきた花を手向け祈りを捧げる。
そして、泉の畔に腰掛けると誰も居ない事を確認し目を閉じた。
少し間を置き、風の塔に静かに歌が響き渡る。
悠久の時の彼方より訪れしものよ
汝の辿りしは風の道 汝を誘いしは時の刻印
悠久に流れる風の導きを今、ここに解き放とう。
「…あー…やっぱダメだな…調子でねぇ…。」
大きく溜息を吐き、アムルは歌うのを止める。その時だった。
「風」の声に耳をかし 「大地」の指し示すままに進むがいい
生命宿りし「水」は安らぎをもたらし 猛き「炎」は大いなる力を与えるだろう
背後から聞こえた歌の続きに、アムルは驚いて振り返る。
すると、そこには小柄なブロンドの髪の少女が立って居た。
「こんにちは。歌、上手なんだね。」
そう言って微笑む少女にアムルは心奪われ言葉に詰まる。そんなアムルの様子を気にする事も無く、少女は彼の隣に腰を下ろした。
「時々、ここに来てるみたいだったから、声かけてみたの。私の名前、ユリディナ。あなたは?」
「…アムル。」
ユリディナに声をかけられ我に返ると、アムルは平静を装い短く答える。
アムルの名前を聞いて何か思い出そうとユリディナが首を傾げた時、今まで髪に隠れていた尖った耳が見えアムルは再び驚いた。
「お前…エルフなのか?」
「ん、半分だけどね。」
アムルの問いにユリディナは笑って見せる。その時だった。
「ユリディナ、早くしなさい。暗くなる前に帰るぞ。」
泉の入口に銀髪のエルフが姿を見せる。彼は特にアムルを気にする様子も無くユリディナに声をかけ岩陰を出て行く。
大地震以降、姿を消したと言われる精霊種エルフ。銀髪のエルフが姿を見せた時、精霊達の警戒が解け周囲の雰囲気が変化した。
魔法を使わないアムルでさえ、雰囲気の変化を感じ取れると言うのは今まで経験のない事だった。
アムルが唖然として銀髪のエルフの方を見ている様子にユリディナは微笑む。
「あれは兄様。兄様は本当のエルフだから珍しいかも?」
そして立ち上がろうとした時、足元の石に足を取られユリディナは体勢を崩し、咄嗟にアムルは彼女を抱きとめた。
「慌てるなよ、大丈夫か?」
アムルが問いかけるとユリディナは耳の先まで真っ赤になり頷き礼を言って立ち去ろうとしたが、ふと思い出した様に足を止めた。
「…私の住んでる所にね、アムルにそっくりな人が居るんだ。小さい頃の怪我が原因でウルに来る前の記憶が無いんだけど…だから声かけてみたの。アムルと話して見て分かった。
話す声とか…仕草とか、本当そっくり。また来週も来るから、その時は彼も連れて来て見るね?」
そう言うとユリディナは小さく手を振り、岩場の外へ駆けて行った。
それを見送りアムルは空を見上げる。
自分にそっくりだと言う幼い頃の記憶を無くした人物。もし、それが本当に兄だとしたら…期待と同時に言いようの無い不安も込み上げてくる。
アムルは赤く染まった夕焼けの空に手を伸ばし目を細める。
「…兄弟…か。」
ぽつりと呟きナークを撫で跨ると、夕暮れの砂漠を村に向かい走り出した。
アムルが村外れに着いたのは日が暮れてからの事だった。
だが、何時もと違う様子にチョコボの速度を落とす。
今の時間ならば家の明かりが見えていても良い時間にも関わらず、異様な静けさが周囲を包み込んでいた。
「…ナーク、お前はここで待ってな。」
そう言って、アムルはナークを撫でるとナークは小さく鳴き答える。それに頷くとアムルは1人、村に向かい歩き出した。
村が近づくにつれて、風に乗って血生臭い臭いが漂ってくる。
胸騒ぎを覚えアムルは走り出し村へ続く小道を抜けた時、目に飛び込んできたのは荒れ果てた家々と無残な姿を晒す住人達の姿だった。
「一体…何が…。」
アムルは呆然と村を見回す。人の気配は無く所々、焼け焦げた様な火が燻っている跡も残る。
そんな時、微かに風を切る音が耳に入る。咄嗟に体を捻った時、肩から背中にかけて激痛が走った。
(馬鹿だ…まだ…こんな事をしたヤツが残ってたかもしれないのに…!)
村の様子に、すっかり警戒を怠っていた事を後悔し、アムルは肩を押さえ振り返る。
そこには空に舞う大型の怪鳥の姿があった。
「あ…あ…。」
脳裏に幼い頃の光景がフラッシュバックする。
あの時、大人に抱えられ見た父が抑えていた魔物の姿。
それは紛れもなく目の前に居る怪鳥の姿だった。
今、目の前にいるそれが、あの時の鳥とは限らない。しかし、心に刻まれたトラウマを抉るには十分だった。
このままでは殺される。
頭では判っていても、身体が震え言う事を聞かなかった。
「クエッ…クエー!」
そこで不意に聞こえたチョコボの鳴き声にアムルは我に返り、見ると怪鳥の後ろに置いてきた筈のナークの姿が見える。
「ば…馬鹿!何で来たんだ!!」
アムルが叫ぶと同時にナークは身を震わせると、ナークの周囲に魔力が集まりそれが火球となって怪鳥に放たれた。
突然の攻撃に怪鳥は怯み闇夜に姿を消す。それに安堵し力無くその場に座り込んだアムルの元にナークは駆け寄ると、彼にくちばしを近づけ小さく鳴く。
すると淡い光がアムルの身体を包み僅かながら傷の痛みが和らいだ。
「お前…こんな事も出来たのか…。」
アムルが呆然と呟くと、ナークは彼に背を向け座り急かす様に尾羽を振る。
それにアムルはナークが急いでここを離れようと言おうとしているのだと気がつき、着ていたシャツを裂き傷口を押さえるようにキツク縛るとナークの背に跨った。
この傷でどこまで行けるか分からない…でも、まだ死にたくは無い。
朦朧とし始めた意識を何とかこらえアムルがナークの首を叩くと、ナークは立ち上がり走り出した。
「ユリディナ…ユリディナ!」
名前を呼ばれユリディナはぼんやりと目を開ける。
すると目の前には心配そうな顔をした青年の顔があった。
「あれ…ロト…?」
「良かった…目が覚めたか?キラービーに刺されたんだ。起きなかったらどうしようかと思ったぞ。」
まだ、ぼーっとしているユリディナに、ロトは安堵の表情を見せた。
「ロト、風の塔の泉にユリディナを連れて行ってくれるか。解毒はしたが…身を清めた方が良かろう。私も後から行く。」
薬瓶を片付けながらユリアスが問いかけると、ロトは黙って頷いた。
夜の静寂の中、チョコボの走る足音が響く。その背に揺られ、ユリディナはぼーっとロトの顔を見つめると、その視線に気がついたのかロトはチラリとユリディナを見た。
「…寒くないか?ごめん、私がもう少し気をつけてれば…。」
「今日ね、風の塔で行く前に話した彼に会ったんだよ。」
ロトが自分自身を責めようとするのを感じ、ユリディナは話を変える様に言葉を被せる。
「話してみるとね、本当…ロトそっくりだった。仕草とか笑い方とか…彼の名前ね、アムルって言うんだって。」
「…アムル…。」
ユリディナが日中に風の塔で会った青年の名前を告げると、ロトは呟き黙り込んでしまった。
だが、そちらに気が逸れ自分を責めようとする事を一時的にでも止めた事にユリディナは安心し、再び黙ってチョコボに揺られていた。
風の塔へ着きロトはユリディナを泉の畔に座らせ、それに礼を言い微笑むとユリディナは刺された傷口を泉の水で流し始める。
ユリディナに背を向けるように岩場に座ったロトは、顔の古傷に手を当てた。
先程、ユリディナが教えてくれた自分に似ていると言う青年の名前…その名前を聞いた時から微かな痛みを頭の隅に感じていた。
顔に手を当て目を閉じて黙っていた時、ふとチョコボの鳴き声が聞こえロトは顔を上げる。
それに乗ってきたチョコボは不思議そうに首を傾げ、しかし、気のせいにも思えずロトは立ち上がると周囲を見回した。
「ちょっと回りを見てくる。ユリディナは待ってて。」
ユリディナに声をかけると、ロトは入ってきた所とは反対側から岩陰を出る。そこで、少し離れた場所に居るチョコボの姿を見つけ近づいた。
少し羽根先が黒いそのチョコボは、ロトの姿を見ると駆け寄って来て彼の上着を引っ張る。
それに戸惑いながらロトはチョコボの後を追いかけると、その先で地面に倒れた人を見つけ慌てて駆け寄った。
「大丈夫か……っ?!」
駆け寄り声をかけた所でロトは驚き言葉を無くす。目の前に倒れた血まみれの青年はロトに瓜二つだったのだ。
膝をつき震える肩を押さえる。突然の事に混乱する思考の中で1つだけ明確に浮かんだ事があった。
間違いなく…自分は彼を知っている。
「クー…。」
そこで心配そうに鳴くチョコボの声で我に返り、ロトは血まみれの青年を抱き起こす。
するとチョコボは背を向けて座り、ロトは青年をチョコボに乗せると風の塔へを戻る事にした。
「ロト…どうしたの?」
風の塔に戻ると、泉から上がったユリディナが心配そうに問いかける。
「外に倒れていた。」
短く答えロトはチョコボから青年を下ろし、地面に横にする。
「アムル…?!」
青年の顔を見てユリディナが驚きの声を上げると、ロトはアムルの上着を脱がせる。
「ユリディナ、魔法は…大丈夫か?」
ロトが問いかけるとユリディナは頷き、すぐさま回復魔法の詠唱を始めた。
ユリディナが魔法で回復を続ける中、ロトはアムルが応急的に傷口を押さえた布を外し泉の水を汲み傷口を流す。そして、アムルの顔に付いた汚れを拭いた所で、次第に大きくなって来た頭痛に頭を押さえた。
彼は…自分の弟だ。
「ロト?大丈夫…?顔色悪いよ?」
回復を続けながら、ユリディナはロトの様子に心配そうに問いかける。その時、外から不気味な甲高い鳴き声が響き渡った。それに、アムルを連れて来たチョコボは警戒し立ち上がる。
「ユリディナは回復を続けて!血の臭いを追ってアムルに怪我を負わせたヤツが来たのかもしれない。」
ロトはそう言って、剣を手に取り出口の岩陰から外を見た。すると、そこには月明かりに舞う怪鳥の姿がある。
その姿を見た瞬間、ロトは激しい頭痛に頭を押さえた。
同時に失っていた記憶が蘇る。
…弟を怪鳥の爪から庇い突き飛ばした直後、頭に激しい衝撃を受け自分は地面に叩きつけられた。
朦朧とする意識で遠くに聞こえる泣き叫ぶ弟の声…怪鳥の甲高い奇声…その中で静かに聞こえた優しい父の声。
『すまない…お前達と一緒に居れるのはここまでのようだ。どうか…生き延びてくれ。』
そう言って父は短剣を自分の手に握らせ何かの魔法を唱えた。最後に見たのは優しく微笑む父の姿。
激しい動悸にロトは胸に手を当て、鎮まるのを待ち呼吸を整える。
あの後、気が付いたのは遠く離れたウルの町だった。父は最後の力を振り絞り自分を転移の魔法で飛ばしてくれたのだろう。
最後に見た父の姿…あの傷で魔法を使う事は命取りになる。
ロトはあの時に渡された短剣を握りしめた後、剣を抜くと岩陰を飛び出した。
一度、人間の味を覚えた動物は無差別に人々を襲うようになる。ヤツが血の臭いを追って来たのならばここに気が付くのは時間の問題だろう。
ここで戦うのは、回復を続けるユリディナと…弟を巻き込む事になる。それだけは避けたかった。
声をかける間もなく飛び出してしまったロトを気にしつつ…しかし、アムルの回復を途中で止める訳にもいかずユリディナはうろたえる。
「ユリディナ?一体何が…。」
そこで声をかけられユリディナが驚いて振り返ると、遅れて来たユリアスが歩いて来た所だった。
「兄様…ロトが1人で…!」
「落ち着いて話してごらん?」
ユリディナを落ち着かせるようにユリアスが話かけるとユリディナは順を追って話出すが、それでも動揺し要領を得ない説明だった。
そんな中からユリディナが言いたい事を読み取りユリアスは立ち上がる。
「お前はここで回復を続けているんだ。ロトの方は私に任せておきなさい。」
そう言って、ユリアスはロトを追って外へと向かった。
月明かりが淡く周囲を照らす中、砂に鮮血が飛び散る。
傷を負わされ怒り狂う怪鳥を前に、ロトも旋風で受けた傷から血が滴り落ちた。
羽根先の黒いチョコボが共に戦ってくれてはいるが、このままでは圧倒的にこちらが不利になる…
肩で息をしつつ、ロトは構えを解かずに怪鳥の出方を見た。
その時、不意に怪鳥が風の塔の方に気を取られ、次の瞬間、炎が怪鳥を飲み込んだ。
突然の事に怯み高度を落とした怪鳥の隙を逃さず、ロトは駆け出すと翼の付け根を狙い切り付ける。
そして、バランスを崩し地面に落ちた怪鳥に飛び乗り、そのままの勢いで心臓を貫いた。
怪鳥は翼を打ち暴れるも、やがて動きが鈍りそのまま動かなくなった。
ロトは怪鳥の上で剣を握り締めたまま溜息をついて座り込み、そこへ風の塔からユリアスが姿を見せた。
「中にユリディナしか居ないと思えば…1人で無茶すぎるぞ。」
ユリアスが呆れつつ声をかけるとロトは俯く。
「…ごめん…でも、このまま放っておいたら…2人が危険だと思って…。」
そう言って怪鳥の背から降りると、ロトは怪鳥の首元の羽毛をかきわける。
すると、そこには羽毛に隠れた深い傷跡があり、それを見てロトはうな垂れた。
「間違いない…これは、あの時に父さんがつけた傷だ…。」
「ロト…記憶が…?」
ロトの言葉にユリアスが問いかけるとロトは振り向かずに頷いた。顔に手をあて声を上げずに涙を流すその姿に、ユリアスは近づき無言でロトの頭を優しく撫でた。
木漏れ日が顔に当たり、僅かな眩しさにアムルは目を覚ます。
すると、そこには心配そうに彼を見つめるナークと…ユリディナの姿があった。
「ユリ…ディナ?」
「良かった…。」
涙を浮かべるユリディナにアムルは身体を起すと、血で汚れた上着や赤黒い汚れのついたナークの姿に顔を曇らせる。
「あれは…夢じゃなかったんだな…。」
そんな言葉にユリディナは俯き、アムルは周囲を見回す。
そこは、アムルの住んでいた村の外れだった。立ち上がりユリディナと共に村へ続く道を歩いて行くと、入口にユリアスが立って居た。
アムルの姿にユリアスは目を伏せ口を開く。
「…住人は…全滅だと思ったほうがいい。見つけられた者達は共同墓地に埋葬した。」
告げられた言葉にアムルは俯く。昨晩の村の様子から予想はしていた事だった。
黙り込むアムルにユリディナはかける言葉が見つからず居ると、ユリアスは道を開ける。
「父親の所へ行くと良い。」
そう言ったユリアスを不思議そうにアムルが見ると彼は黙って頷き、アムルは村の奥にある父の墓へと足を向けた。
村の奥にある小高い丘に共同墓地がある。
そこの一番奥にある古い墓の1つの前に跪き、ロトは花を手向けた。
「戻ってくるのが遅くなってごめん…。また、大切な人を失う所だった。父さんと約束したのに…。」
そこで立ち上がり空を見上げた。
「お前にも…謝らないとな。今更…なんて言えばいいのか…分からないんだけど…。」
そして、振り返り後ろに立つアムルを見る。
「…今まで1人にして…悪かっ…。」
ロトが謝罪を最後まで言う前にアムルはロトを抱きしめる。
「なんで、お前が謝るんだよ…オレの方がロトに謝らないといけない事ばかりなのに…オレのせいで何時もお前ばかり怪我して…ごめん…。」
そう言って、言葉に詰まるアムルの背中を優しく叩きながらロトは笑いを漏らした。
その様子を離れた場所で見ていたユリディナは込み上げてきた涙を拭き、ユリアスは森の中を吹き抜けて来た風に目を閉じ微笑する。
「これで…分かれていた心が本来の場所に戻ったな。」
風は4人を包み込むように吹き抜け周りに咲く花の花びらを空へと舞い上げた。
4人が祭壇の洞窟で風の啓示を受け、光の戦士として旅立つのはこれから数年後の事となる。
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