Eclipse-緋月忘華-
Chapter13


 光が収まり目を開くと、そこはネプトアトルの神殿前だった。
しかし、以前とは違う周囲の様子に言いようの無い不安を感じ、リオは走り出す。
それを無言で追いかけつつ、ザンデは呪印の僅かな疼きに顔を顰めた。

 神殿内は異様な静寂に包まれていた。
神殿で暮らしていた人々は皆眠らされており、命に別条がない事を確かめると五人はベアトリスの姿を探し奥へと向かう。
そして、信託の間へと続く広間へ入った時だった。
「……トリス!」
 リオは中央で倒れるベアトリスの姿に、彼女に駆け寄った。
外傷は見えないもののクライヴが抱き起すと、ベアトリスは苦しそうに息を吐く。
その様子に、アリアはすぐさま治療を始める。
「……闇の魔力……強い毒素に侵されてる」
「まさか、影が!?」
 アリアの言葉にクライヴが問い返した時、周囲を視ていたザンデが一方向の壁に向かい魔杖を大鎌に変化させると、それを振り払った。
次の瞬間、ガラスにヒビが走るかのように目の前の景色に亀裂が走り、大きな音を立てて砕け散る。
「結界!?」
 リオが驚いて立ち上がると、ザンデの目の前に現れた扉にクライヴは舌打ちをする。
「リオ、その奥は祭壇の間と呼ばれている場所だ。ベアトリス様はこっちに任せて、旦那達と一緒に奥へ向かってくれ!」
 クライヴの言葉にリオはザンデとベルンを見ると、扉を開けその先へと向かった。

 奥へと続く通路の先に淡く光る魔法陣がある。
その前に僅かな揺らぎが生じ、姿を現した魔王の影が手を伸ばすと魔法陣は光の粒と化して消えた。
影は口元に笑みを浮かべるが、不意に迫った殺気に振り返る。
周囲に鈍い音が響き、切りかかったリオは障壁に弾かれ着地した。
「……届いたと思ったんだがな」
 そうボヤき、立ち上がったリオの姿に影は肩をすくめた。
「貴方が来るまで、もう少し時間がかかるかと思ったんですが……」
 そう言った影にも余裕は見えなかった。
あの湖の丘で、薬師に仕掛けられた結界で時間を取られ過ぎた。
何とか抜け出したものの、魔力を消耗し過ぎて本調子とは言いづらい。
ここは適当にかわして一度退くべきか……
影がリオとの間合いを図り思案していると、その周囲を魔法陣が包み込んだ。
「……魔力の流れを隠蔽するだと!?」
 影が驚愕の声を上げた時、影に向かい漆黒の槍が現れ、簡単に障壁を突き破り爆発を起こした。
辛うじて爆発を防いだ影は、リオの後ろに立つザンデの姿に口元を歪ませる。
「まだ、自我を保って居るとは恐ろしい精神力ですね……ですが、良い具合に熟した様だ。その魔力……まさしく魔王様に相応しい……!」
「勝手にザンデを魔王にするんじゃねぇ!」
 うわ言の様に恍惚の笑みを浮かべる影にリオが切りかかると、影は後ろに飛び退くも、よろけて膝を付く。そこへ間髪入れずにベルンが間合いを詰めた。
そして、ベルンが剣を振り払った時、影の前に歪みが生じる。
剣が影を捉える寸前にベルンは振り払った剣を止め、その直後、影の魔法を受け後ろに着地した。
「ベルン!どうし……」
 僅かばかり躊躇した姿に、慌ててベルンに駆け寄ったリオは、彼の視線の先……影の前に浮かぶ、闇に捕らわれた女性の姿に言葉を失った。
「やはり、お仲間は切れませんか。そうでしょうね、彼女の存在が器の自我を支えて居るんでしょう。ならば、なおの事……まだお返しする訳には行きません」
「貴様……」
 ザンデが怒りを抑え呟くと影の笑い声が通路に響き渡り、捕らわれた女性と共に闇に包まれる。
「アルヴェイラ!」
 ザンデが叫ぶと女性は僅かに目を開き、その瞳から涙が零れ落ちた。
『私の手で直接、お連れ出来ないのは残念ですが……神殿にて、お待ちしております』
 その言葉を最後に闇が消え周囲を静寂が包み込み、ザンデは黙って影に消えた場所に立ち尽くす。
その姿にリオは声を掛けられずにいると、ザンデは溜息を吐き振り返った。
「ひとまず、影は完全に撤退したようだ。一度戻って……」
 そこまで話した時、何の前触れも無くザンデは血を吐き出した。
魔杖が床に落ちた乾いた音が響き、ザンデは右目を抑え膝を付く。
「ザンデ!?」
 リオが駆け寄ろうとするとベルンがそれを止め、魔杖がドーム状の魔法陣を展開し始めた。

……右目が焼けるように熱い。

 全身を呪印から急激に這い上がって来る激痛が襲い、心臓を鷲掴みにされたように息が出来ない。
同時に、意識を引きずり込もうとする囁くざわめきに、自分が引き裂かれ消えてしまいそうな感覚に襲われ、激しく脈打つ鼓動と共に魔力が濁流のようにうねり始める。
今にも暴走しそうになる魔力を抑え、ザンデは蹲り身体を強張らせた。
 ザンデを中心に魔力が渦を巻き、次第に広がり始める。
その魔力にかつての魔王の気配を感じリオは息を飲む。そんな中、ベルンは何とか自我を保ち魔力を抑えようとするザンデの様子に歩み寄り、その気配に彼はベルンを見た。
「……駄目だ……ベルン、離れてくれ。魔力の制御が効かないんだ。このままでは……お前を、皆を殺してしまう」
 咳き込みつつ苦悶の表情を浮かべ、そう言ったザンデの顔には赤い痣が浮かび、両目は緋月眼へと変化していた。しかし、ベルンはザンデの言葉を無視し、彼の前に片膝を付き肩に手を置く。
「私が簡単にお前に殺されてやると思うか。それに忘れたのか? 言った筈だ。お前が闇に流されそうになった時は止めてやる、と」
 そう言いつつベルンが小さく呟くとザンデを淡いエーテルの光が包み、ベルンの言葉にザンデは困惑して彼を見る。
「……こんな時にまで……何を言って……」
 ザンデはそう言って俯き胸を押さえつつも、僅かに和らいだ痛みに息を吐く。
「こんな時だからだ。私はお前を信じている。『お前は魔王にはならない。けして、なれない』……それが、光竜であるあいつがお前に言った決め事だ」
 そこで、ベルンはチラリと振り返りリオを見た。
「それに、散々、リオに相手を信じろと言って置いて、私がお前を信じないのはありえんだろう。今はこの場に居ない奴らの分もな」
 ベルンが何時もと変わらず声をかけ笑みを見せると、ザンデは目を伏せ大きく咳き込み、侵蝕を堪えるように拳を握りしめた。
 その時、ザンデの目の前に白く輝く羽根が舞い落ちる。
それにベルンが顔を上げると、女性が流した涙が落ちた場所に光の柱が現れ、それは一気に広がり周囲を包み込む。
すると、魔力の渦が収まり、ザンデの顔に浮かび上がっていた赤い痣が次第に退き始まった。
「……私は……まだ……」
 そう呟き、ザンデは舞い落ちて来た羽根に手を伸ばし握りしめると、そのまま倒れ気を失う。
『……祭壇への道が開きました。リオ……彼を連れて、急ぎ扉の先へ進んでください』
 周囲に響いた声にリオは二人に駆け寄ると、ベルンは黙ってザンデを抱き上げ立ち上がった。

 聞こえた声に従い先の扉を抜けると周囲が淡い光に包まれた場所へ出た。
何もないその場所でリオが振り向くと、ザンデを抱いたベルンが頷いて見せる。
それに意を決し先に進むと目の前に光が集まり、薄い妖精のような羽をもつ女性が姿を現した。
『よく、ここまで来てくれました。私は陽鴉の守護ルキス。まずは、その方をこちらへ』
 その言葉にベルンはルキスの前に進み、ルキスはザンデの呪印に手をかざし呪文を唱える。
すると、苦しそうに息をしていたザンデの呼吸が次第に落ち着いてきた。
『……ここまでの侵蝕を受け、良く耐え続けましたね。これほど深く魂に食い込んだ侵蝕となると、私の力だけでは呪印を解く事は出来ません』
 そう言ったルキスの言葉に、リオは不安げにザンデを見る。
「そんな……そしたら、ザンデを助ける事は出来ないのか?」
 リオが問いかけると、ルキスは首を振る。
『陽鴉の力だけではなく、全ての属性を司る者の力が必要なのです。でも、心配しないで。その為の方法と場は、ロイが整えてくれたわ』
「え……?」
 ルキスの言葉にリオが首を傾げると、彼女は目を伏せる。
『彼が彼の魂を分けた妹から託された願いは、二人の想いを読んだ者に託された。だから、大丈夫』
 そう言ってルキスは微笑み、リオは少し安堵しつつも、それ以上は話そうとはしない彼女の姿に肩をすくめ溜息を吐いた。
「まだ、何か隠されてる気もするけど……でも、なんで祭壇の封印は解けたんだ? 前回は信託の間で声を聞いただけだったのに」
 リオが首を傾げると、ルキスはベルンを見た。
『あの、影に捕らわれたお二人の仲間が光竜族だったのです。あの子がこの方を想い、流した涙が封印を解く力となったのでしょう』
 その言葉に、リオはザンデを見る。
確かに祭壇の封印は竜族の族長……光竜によって施され、その封印は光竜以外解く事は出来ないと聞いていた。影は女神の祭壇へ侵入する手段として光竜を狙い、同時に魔王の器としてザンデの存在を見つけたのだろう。
『リオ、神剣を持っている?』
 思案するリオの姿にルキスは微笑み声をかけると、リオは背負っていた布に包まれた陽鴉の神剣を差し出した。
『貴方は神剣はルークにしか抜けないと思っているようだけれど……彼と同じ魂を持つ貴方になら神剣を抜く事が出来る筈です。神剣は持つ者の願いに反応する。闇との繋がりが切れる時、神剣が教えてくれるわ。その時に神剣を使いなさい。それと、これを』
 そう言ってルキスが手をかざすと、リオが持っていた欠けたアミュレットが浮かび上がる。
アミュレットが光に包まれ、その光がそれに吸収されるとアミュレットは綺麗に修復されリオの手に落ちた。
『ルークに渡してあげて。アミュレットの力が身体に溜まった闇を消してくれるから』
 アミュレットを握りしめリオが頷くと、ルキスの姿が次第に薄くなっていく。
『……もう、時間切れのようですね。リオ、貴方なら大丈夫。自分を……ルークを信じて』
 その言葉を残しルキスは光の粒となって消えると周囲は真っ白な光に包まれ、リオは思わず目を閉じた。

光が収まり目を開くと、そこは陽鴉の像がある小部屋だった。
手に残る修復されたアミュレットに、先程の事は幻ではなかったのだと確認する。
そして振り返ると、呼吸の安定したザンデの様子にベルンが安堵の溜息を吐いた所だった。


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