Eclipse-緋月忘華-
Chapter12

 海は日光を受け眩しく輝き、心地よい風が頬を撫でる。
ヴィゼハルフェンからネプトアトルのある島への定期船の船上で、アリアは黙って海を見つめる。
こんなにも景色は穏やかなのに、その裏では魔王復活の時が近づいている。
それでも、こんな間近まで迫っているのに世界は何も変わらない。
それは月華を護る……護りたいと言う意思が、魔王の心の奥に残って居るからだろうか。
それを忘れてしまった時、あの時の様に狂気が世界を包み込み、人々が狂い始めるのだろうか。
「こんな所に居たのか」
 その声にアリアが振り向くと、クライヴが甲板に上がって来た所だった。
「何だか、外の空気が吸いたくて」
 そう言ってアリアが微笑むと、クライヴは彼女の隣に立ち大きく背伸びをする。
「もうじき到着だ。ネプトアトルの白壁が見えて来る頃だろう」
 ネプトアトルのある岩山は日光を受け白く輝く。人々はその姿を白壁と呼んだ。
クライヴの言葉にアリアが進行方向を見ると、白く輝く山々が見え始めていた。

 定期船の桟橋があるのは小さな宿場町だ。
そこで下船手続きを済ませ待合室を出た時、アリアは町の入口付近の路地から出てきた見覚えのある青年の姿を見つけ駆け出した。
「……リオ!」
 名を呼ばれ、青年は振り返る。
「今の船に乗ってたのか」
 そう言ってリオは笑って見せ、その姿にアリアはリオに飛びついた。
「お、おい、アリア?」
 アリアの行動にリオが驚きつつ声をかけると、アリアは彼のマントを握りしめた。
「白蓮からベルンハルトさん達と行動してるって聞いてはいたけど……心配してたんだよ。それに……腕、どうしたの?」
 そう言ってアリアがリオを見ると、リオは気まずそうに視線を逸らした。
「あー……まあ、影とやりあった」
 その声にアリアは大きく溜息をついた。
「まあ、そこでベルン達と会えたからさ。そのお陰でそっちもスムーズに雪原に入れただろ?」
 何とか話を逸らそうと問いかけて来るリオの姿に、クライヴは笑いを堪えつつ口を挟む。
「ああ、白蓮が言ってたな。お前さんに同行してる者に頼まれた、と」
 クライヴがそう言うと、リオは頷き歩き出す。
「丁度、火の祭壇で出会ってね」
 そう言って、リオは宿場町を出た所にある木に寄り掛かり待っていたベルンの姿に手を上げる。そこで思い出したようにアリアを見た。
「……ちょっと、驚くかもしれないけど、間違いなくオレを助けてくれたやつだから」
 何と言って良いのか言い淀むリオの姿に、アリアは首を傾げる。
「お待たせ、今の船に二人も乗ってたみたいだ」
 リオが声を掛けると、木陰に座って居たフードを被った魔道士が振り返る。その姿にアリアは思わず立ちすくみ、クライヴの後ろに隠れた。
「お? どうした、アリア」
 クライヴが首を傾げるとリオは苦笑し、ベルンも肩をすくめた。
「予想通りの反応だな」
 ベルンがそう言いつつ魔道士を見ると、彼は小さく笑みを見せる。
「彼はザンデ。火の祭壇で助けられて、それから共に行動してるんだ」
 リオが魔道士の紹介をすると、ザンデは立ち上がり頭を下げた。
「私の容姿が問題だとは思うが……よろしく頼む」
 そう言って、ザンデはアリアに微笑んで見せた。

 その日は宿場町で休む事にし、5人は裏通りにある小さな宿にやって来ていた。
「……どうしても、種族柄、大きな宿は取り辛くてな。ここは以前から利用させて貰って居るんだ」
 宿に入ると、そう言ってザンデは苦笑する。
「どっちかと言えば、こう言う隠れ宿的な所の方が静かだし、オレも好きだぜ」
 申し訳なさそうなザンデの様子にリオは笑って答え、クライヴも頷いて見せる。
「……んで、アリアは何でこいつさんを見て隠れようとしたんだ?」
 クライヴが首を傾げつつアリアを見ると、言葉に詰まる彼女の姿にザンデは微笑した。
「私が魔王に似ているからだ」
 そう言ってザンデはフードを外す。
そこから現れた白銀とも言える白く長い髪に目を奪われ、アリアは思わず溜息をつく。
「そんなに似てるのか。……と言うか、オレは別な意味で驚いているんだが……」
 クライヴもそう言って頭をかく。
「一緒の竜族の旦那と言い、お前さん、ブランネイジュの闇魔道士だろう? だが、その名は……」
 言葉を濁すクライヴの姿に、アリアが首を傾げるとクライヴは笑って目を伏せるザンデを見た。
「アリアは先日行ったから分かるだろうが、北の大国ブランネイジュ。そこを治めるのはブランネイジュ大公・闇司祭……」
「……お前が思っている通りだよ。私の本名はザンデ=ヴェルブラント。闇司祭であると同時に、ブランネイジュに所属する冒険者でもある。そして、雪原に入れるように白蓮を通して酒場に依頼を出したのも私だ」
 穏やかに話すザンデの姿に、アリアの顔から次第に緊張の色が薄れていく。そこで雪原のガイドをしてくれたレヴァイルが話して居たことを思い出す。
「あ……では、レヴァイルさんの言ってた親友の方って……」
 アリアが呟くと、ザンデは頷く。
「無事に凍結湖に向かえたようで何よりだ」
 そう言って、ザンデはアリアに微笑んだ。

 夕食の後は各自部屋に入り、リオは一人、外で海を眺めていた。
海には白く輝く月の光が反射し、柔らかな月光が周囲を優しく照らしている。
「こんな所に居た」
 その声にリオが振り向くと、厚手のケープを羽織りアリアが歩いて来る所だった。
「それだけで平気か? 外は冷えるぞ」
 リオが心配げに声を掛けると、アリアは肩をすくめた。
「それは、こっちの台詞。上着も羽織らないで……」
 薄いシャツ一枚のリオの姿に、アリアは呆れ気味に首を振ると、リオの隣に腰を降ろす。
……暫しの沈黙の後、口を開いたのはアリアだった。
「リオはずっと、あの人と一緒だったんでしょ? 人一倍、警戒心の強いリオが信頼してるんだから、悪い人じゃないのは分かる。でも……あの人、なんでしょ?」
 躊躇いがちなアリアの問いに、リオは月を見上げる。
「魔王の器。魔王の魂の器として耐えうる魔力……エーテルの持ち主。確かにその通りだ。事実、侵蝕を抑え新月を超える度、彼の魔力はさらに増して来てる」
 その言葉に、アリアは言いようの無い不安に俯き、ケープを握りしめる。
「……でも、彼は彼だ。最後まであきらめない事の大切さを教えてくれたのは彼だしな」
 そう言って、リオは大きく息を吐き、月に手を伸ばす。
「オレはルークを助けたい。魔王を倒す為じゃなく、ルークを助ける為に魔王の所に行くんだ。その結果、どうなっても……オレは後悔しない。その答えに辿り着く切っ掛けをくれたのも彼だ。信じてやる事が相手の力になるんなら、オレは何度となく侵蝕に耐えて来たザンデを信じる」
 伸ばした手を握りしめ、自分の決意を呟くリオの姿をアリアは驚いて見つめていたが、膝を抱え嬉しそうに笑った。
「な……なんで笑うんだよ?」
 リオが照れ臭そうにアリアを見ると、彼女は首を振り、月を見上げた。
「リオがそんな風に考えられるようになるなんて……思っても見なかったから。最初、目が覚めた後……ルークの事、諦めてたでしょ? イルヴァさんの問いかけにも、魔王を倒すって答えて……倒すしかないんだって、自分に言い聞かせてるみたいだった」
 そして、視線を落とし海を見つめる。
「……見た目が魔王に本当にそっくりで驚いたけど……私も、あの人は信じて大丈夫って分かる。彼が居ると周りの精霊達が安心してるから。でも、同時に凄く不安になったの。それだけ強い魔力を持つあの人を……魔王が本気で奪いに来たら……って」
 アリアが呟いた時、風が海から吹き抜けていく。そこで、リオは大きく身体を伸ばした。
「それでも、ザンデを信じるだけさ。まだ、時間はある。きっとロイが何かを見つけてくれてる筈さ」
 そう言って笑うリオの姿に、アリアも微笑み頷いて見せた。

 翌日、宿場町を出発した五人は、ロイの居る占星術師の小屋を目指す。
なだらかな丘を越え、目の前に朝日を反射させる湖が見えて来る。
その湖畔の道を進み、もうすぐ小屋が見える所に来た時、ザンデがふと足を止めた。
「どうした?」
 リオがそれに気が付き声を掛けると、ザンデは湖を見つめた後にリオの方を見た。
「少し湖畔を歩いて来る。お前達は小屋に向かってくれ」
 そう言って、ザンデは湖の方へと向かい、その後ろをヘルンが付いて行き、その様子にアリアが首を傾げる。
「……また、精霊バランスの調整でもするのかな? ザンデは魔族だから、どうしても黒闇に偏るんだって言ってた」
「そっか。偏り過ぎちゃうと、回復魔法の効果にも影響が出ちゃうからね」
 リオの言葉にアリアは納得した様に頷き、二人は先に小屋に向かったクライヴの後を追った。
二人が小屋に行くとクライヴが扉をノックしている所だった。しかし、返事は無く、リオとアリアは顔を見合わせる。
「……留守?」
 アリアが問いかけると、クライヴはドアノブを回す。
「鍵がかかってるか……」
 クライヴは呟き少し考えると、鞄から鍵を取り出し扉を開ける。
小屋の中は人の気配は無く、暖炉も暫く使われた様子も無い。
「急用で出かけたのかもしれんが……ロイが何か残していないか探してみよう」
 そう言ったクライヴの言葉に、二人は頷いた。

 その頃、湖へ向かったザンデは、湖畔に残るエーテルの残滓に周囲を見回す。
「何かあったのか?」
 ベルンが声を掛けると、ザンデは少し表情を曇らせた。
「……ここで命を落とした者が居る。覚えのあるエーテルだ」
 その言葉にベルンの顔に動揺の色が浮かぶ。この地でザンデも知る人物となると一人しかいない。
「ロイ……か?」
 ベルンが問いかけると、ザンデは黙って目を伏せ、その姿にベルンは考え込む。
呪印を解く方法を探していたロイは、ザンデを救うための唯一の手掛かりだった。その彼が死んだとなると、このままではザンデは魔王に取り込まれる事になる。
しかし、妹の最後の願いを叶えてやりたい……そう言った彼が、何も残さず死を受け入れるだろうか。
 その時、湖から風が吹き抜け、それを合図のように周囲に光に包まれた白い羽が舞う。
羽根は一つに集まり小鳥の姿になると、二人の頭上を旋回し、山の麓へと飛んで行った。
小鳥の行く先を目で追ったザンデは、険しい表情を見せた。
「直ぐにネプトアトルへ向かおう。嫌な予感がする。ベルン、リオ達を呼んで来てくれ」
 そう言ったザンデの様子に、ベルンはすぐに小屋へ向かった。

「特に何も無し……か」
 小屋の中を見回り、リオが呟く。
「直ぐに帰って来る予定だったのかな?」
 アリアがそう言った時だった。
「お前達、すぐにネプトアトルへ行くぞ」
 小屋の入口から姿を見せたベルンが三人に声をかける。
「どうかしたのか?」 
 リオが問いかけつつ玄関に向かう。
「ザンデが何かを感じ取ったようだ。あいつの嫌な予感は……余り状況が良くない時だ」
 そう言って、ベルンはナナウ山を見上げた。
ベルンの後を追い、三人がやって来たのはネプトアトルへの転送を行った遺跡だった。
「ここは……古代人の術者じゃないと動かせないんじゃ……」
 アリアが戸惑い気味に遺跡の中央に立つザンデを見ると、彼は微笑する。
「守人であれば門を開く事など造作も無い」
 そう言ってザンデが魔杖で遺跡の床を打つと、その足元に魔法陣が展開される。
「急げ。道が開く」
 その言葉に四人が魔法陣に入ると、周囲は光に包まれた。



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