Eclipse-緋月忘華-
Chapter11

 何処までも続くと思われた雪原は唐突に終わりを告げる。
真っ白な地吹雪の先に現れたのは、青い氷に覆われた湖だった。
周囲は雪で真っ白に覆われて居るにも関わらず、湖は青い輝きを放つ。
その中央に先端だけが見える湖に沈んだ塔の姿があった。
「……あれが祭壇の入口か?」
 クライヴが問いかけると、アリアは頷く。
「前はこの辺りはこんなに寒冷じゃなくて湖は凍っては無かったけれど……湖に沈んだ塔、と言うのは同じだから間違いないと思う」
 その言葉ににレヴァイルは視線を塔に向け、氷の上を歩き始めた。
塔の入口に辿り着き中に入ると僅かな空間の揺らぎの後、氷に覆われた死神の像が立つ祭壇へと道が繋がる。そこへ足を踏み入れると像の前にダイヤモンドダストが舞い、青白い肌をした男が姿を現した。
『……遂に、ここまで来たか』
 男が呟くと、アリアは頷いた。
「お久しぶりです、シルバーソーン。聖霊石を受け取りに来ました」
 アリアが答えると男は頷き、像の前に氷の聖霊石が浮かび上がる。
『ここより戻れば、事態は大きく動き出す。最後まで……決して諦めるのではないぞ』
 そう言ってシルバーソーンが手を差し出すと、精霊石はアリアの手元へと移動する。
その様子を黙って見つめていたレヴァイルは、一つ息を吐きシルバーソーンを見た。
「……こちらから聞かねば、本当に何も教えずに送り出すつもりなんだな」
 レヴァイルの言葉にアリアが困惑気味に振り返ると、レヴァイルはシルバーソーンに歩み寄る。
「一つ聞かせて欲しい。貴方達にとって、今の時代に魔王が目覚めるのは想定外だったのか? 目覚めるのはもっと先の事だと……真実を知る者達が、皆消えた後になると思っていたのか?」
 その問いの意図が掴めず、アリアとクライヴは顔を見合わせる。
シルバーソーンは黙って目を伏せ、レヴァイルは彼が口を開くのを待った。
『……何時になるかは予想が付かなかった、だ。まだ多少なり魔王の影響が残るこの時に、器になりうる魔力を持つ者が現れるとは思っても見なかった。それも運命に抗い、その者の星の道を変えた者が居たからだ。そうして、道を繋いだ結果……その者は器と成り得る状態となった。それが今、この時だ』
 その言葉に、レヴァイルは視線を落とし拳を握りしめる。
「そんな事のために……あいつを苦しめる為に……私は……私達はあいつを助けた訳じゃない」
 感情を押さえ小さく呟いたレヴァイルの姿に、アリアは不安げに彼を見る。
「……魔王の器と成り得る人は……レヴァイルさんの知り合いなんですか?」
 戸惑い気味に自分を見つめるアリアの問いに我に返ると、レヴァイルは視線を逸らす。
「私の親友であり、恩人だ」
 短く答えたレヴァイルの姿に、アリアは何と言って良いのか言葉に詰まる。
「それで、お前さんが言ってた真実って言うのはなんだ?」
 話を逸らそうとクライヴが問いかけると、レヴァイルは顔を上げ振り向いた。
「……獣人達の口伝の詩だから、抽象的な内容にはなるが……その昔、白月に陰りが現れ、その陰りを引き受けた星が緋月となると言う話だ。白月は自分の元を去った緋月を想い、緋月は再会を夢見るが、決して叶わぬ願いと諦めている。そんな二人を見て陽は涙を流し、その涙は大樹へ落ち、大樹はヒトの子へと想いを伝える」
「それは……旅立ちの詩?」
 レヴァイルの話に、クライヴがシルバーソーンを見ると、彼は目を伏せ口を開く。
『そうだ。その詩は真実を唄ったもの。白月とは月華、陽は陽鴉の事。そして、二人の元を去った緋月は月華の守護だったダランクールの事だ』
 シルバーソーンの言葉を聞き、アリアは今聞いた話を整理するように考える。
「えっと……では、レヴァイルさんの言った真実、と言うのは……月華の陰り、と言う何か良くないものを、守護だった魔王……ダランクールが引き受けた、と言う事なんです?」
 アリアの問いに、シルバーソーンは否定せずに頷いた。
「その話が事実だと言うなら……あの影とは何者だ? 狂った魔王を蘇らせようと、こいつの親友に呪印を刻み、その障害になる者を手にかける奴の正体は?」
 まだ納得しきれない様でクライヴが問いかけると、シルバーソーンは背後の死神の像を見上げた。
『……かつて狂気に堕ちた者達は魔王を崇拝した。その者達の残留思念が、消滅を逃れようとした狂気の魔力に同調したのだろう。ただ、自分達が信じ崇める者を神とし蘇らせようとしている。狂気の魔力を消滅させねば、何度でも魔王を蘇らせようとするだろう。……それが本来の魔王では無かったとしてもな』
 シルバーソーンの言葉に、アリアは言いようの無い不安を感じる。
「それは、今の魔王……ダランクールが居なくなっても、別な何かを魔王に仕立て上げる、と言う事ですか?」
 アリアの問いに、シルバーソーンはレヴァイルを見る。
『それが今まさに、お前の親友が受けている呪いだ。奴は魔王と成り得る者を探し呪印を刻み、魔王に仕立て上げる。そうして目覚める者が、元々のダランクールで無かろうが関係は無い。自分達が崇める魔王であれば良いのだからな』
 シルバーソーンはそう言って目を伏せた。
「そう言う事ならば……影の野郎に遠慮はいらないと言う事だな」
 その声にアリアが振り向くと、笑みを浮かべるクライヴの姿があった。
「魔王と決着をつけるべきはアリア、お前達だ。だったら俺は、影を狩る。それが最初からの目的だったからな」
 そう言ってクライヴは吹っ切れた様に笑って見せた。


 まだ、夜も明けきらない薄闇の中、生命の樹は静かに枝を揺らし、その枝から朝露が零れ落ちる。
目を閉じ、それを掌で受け、背後に感じた気配にユリアスは静かに息を吐く。
「……揃ったようだな」
 樹の前に立っていたユリアスはそう呟き振り返ると、そこにはリオ達が立っていた。
「ああ。セレネの守護に会わせてくれ」
 リオがそう答えるとユリアスは黙って頷き、手に持っていた杖で地面を打つ。
すると、四人の足元に魔法陣が展開し光を放った。
 次に四人が立っていたのは、巨大な樹の根が壁を這う洞窟の中だった。
「……ここは……」
 周囲を見回し、ザンデは呟く。そこの場所は影を追い、一人ユリアスの元を訪れた時にリオ達が眠って居た場所だった。
「どうかしたのか?」
 リオが不思議そうに問いかけると、ザンデは苦笑し首を振る。
その時、ユリアスが目の前の樹の根に触れると、足元から蔦が伸び彼を包み込む。
「……な……」
 リオが驚き声を上げると、光の粒となって蔦が消え、ユリアスはゆっくりと振り返る。
その姿は、ケルンやコアトルと同じように淡い光に包まれ、頬にはセレネの印が浮かびあがっていた。
「やはりお前がセレネの守護だったのだな」
 ザンデが口を開くと、ユリアスは微笑み肩をすくめる。
「そうだ。生命の樹はセレネの化身。その守護者はセレネの守護でもある」
 そこでユリアスはザンデに視線を向け、目を閉じ溜息を吐く。
「……だからこそ、お前が最初にこの森へ辿り着いた時には目を疑った。お前は、ダランクールの生き写しだったからな」
 ユリアスの言葉にザンデも肩をすくめ、リオは驚きつつも考えを巡らせる。
「……そうしたら、ユーリは最初から……魔王の事を知って居たのか?」
 リオの問いに、ユリアスは静かに頷く。
「ああ。ダランクールが月華の守護だった事……彼女を護るために狂気の魔力を奪い引き受けた事。それは承知していた。そして、陽鴉がお前達を選んだ事から私は見届ける為に同行したんだ」
 そこでユリアスは目を伏せ、溜息を吐く。
「世界の理を守る為とは言え……穢れを一人で引き受けたダランクールを直ぐに消すと言う事は、私達は決断出来なかった。もしかしたら、別な方法があるかもしれない。そんな甘い考えを捨てられなかったが故に、結論を引き延ばした結果があの状況だ」
 そう言って、ユリアスは生命の樹の根に手を触れる。
「あの時……人々が狂って行ったのは、彼が壊れる前に決断出来なかった私達の罪でもある。そして、陽鴉にダランクールを討つと言う決断をさせてしまったんだ」
「……何で、事実を教えてくれなかったんだ?」
 リオが問いかけると、ユリアスは振り返る。
「それがダランクールの願いだったからだ。人々を狂わせる魔力が元は月華のものだと知れば、少なからず月華を恐れる者が出て来るだろう。その負の感情は新たに月に陰りをもたらす。それでは繰り返すだけ。月華から力を奪い、世界を支配しようとした愚か者が居ればそれで良い……と」
 ユリアスの言葉に、ベルンは目を伏せ溜息を吐いた。
「……現に、人々を狂わせた魔王は未だ恐怖の対象だ。その感情が月華に向けられたとしたら……良い結果にはならなかっただろう」
 ベルンがそう言うと、ユリアスも頷く。
「それだけでは無く……他種族よりも強く影響の出た魔族達も忌避の対象となった。魔族が持つ魔力の源……悠久の闇が月華と同質の力だったがゆえにな。人々の記憶は何時しか、魔族は魔王に従い、世界を侵略したのだと改竄されていた」
「……そしたら、今の魔族達ってただのとばっちりを食らっただけなんじゃ……」
 リオが呟くと、ザンデは苦笑し首を振る。
「たとえ始まりがそうだったとしても、魔王を信奉し、この世界を侵略しようとした者達が居たのは事実だ。それが何度もあれば、今の状態になっても仕方なかろう。記憶が改竄されて来た事を責める理由にはならんよ」
 そう言った所で、ザンデはユリアスを見ると、彼は視線を落とす。
「どんな理由があったにせよ、今のダランクールは正気を失ってしまった。ルークの身体を奪ってまで消滅を逃れようとした理由は、恐らく本人も分からなくなっているだろう。だからこそ……還さねばならない。あのまま存在し続ければ、彼の魂も狂気から逃れられず、逆に増幅してしまう」
 そこでユリアスが言葉を切った時、今まで黙って話を聞いていたリオは顔を上げる。
「ユーリ、いや、セレネの守護・ユリティアス。あいつを……ルークを助けるにはどうすればいい?」
 真っ直ぐに自分を見て問いかけてきたリオに、ユリアスは驚いた顔をする。
「オレの中にあるルークとの繋がりは、まだ消えてはいない。それは僅かでも、あいつが抗っている証だと信じたいんだ」
 胸に手を当て静かに話すリオの姿に、ユリアスがザンデを見ると彼は肩をすくめて笑って見せた。
その様子にユリアスは振り向き、溜息を吐くと樹の根に触れる。
「……それは、限りなく難しいと言う事を覚えておけ。仮にダランクールのみを開放する事が出来たとして、長い間……彼と共に在ったルークの魂が耐えきれる保証はない」
 その言葉に、リオは拳を握りしめる。
「それでも……最後に少しでもルーク自身に戻れるなら……あの時が、オレを自分の手で殺そうとした光景を、ルークの最後の記憶にさせたくないんだ。そんなの、あいつにとって辛すぎるだろ。それに、オレもそんな情けねぇ姿を覚えてて欲しくないしな」
 そうリオが言うと、ユリアスは静かに笑みを漏らす。
「リオ、双子とは一人で背負うには重すぎる運命を二人で支えて乗り越えられるように、陽鴉と月華が魂を分けるのだと言われている。お前が諦めなければ道は開かれよう。お前が携えている陽鴉の神剣……それが鍵となる」
 そして、ユリアスは三人の方へと向き直り手を差し出すと、リオの前に土の聖霊石が現れた。
「それを持ちネプトアトルへ戻ると良い。そこで……新たな道が開くだろう」
 ユリアスの言葉に、リオは精霊石を受け取り黙って頷いた。


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