Eclipse-緋月忘華-
Chapter10


──一方、その頃……
 地下水脈でウルアの守護から水の聖霊石を受け取ったアリア達は、ブランネイジュの街へとやって来ていた。
魔族の国……そう聞いていたが、他の町と変わらない……寧ろ、他の町より古くからある分、歴史を感じさせる落ち着いた街並みに、アリアは溜息を漏らす。
「魔族と言っても、この国の住民は友好的だ。それが大公の方針だからな」
 クライヴは呆気に取られた様子で街並みを見回すアリアの姿に笑いを堪える。
「ほれ、そんな口を開けてるな。酒場に行くぞ。雪原に入る方法をマスターに相談しよう」
 その言葉にアリアは首を傾げた。
「え? 何か手続きが必要?」
 アリアが問いかけると、クライヴは肩をすくめる。
「前は自由に入れたんだが……雪原を甘く見て遭難する奴らが多くてな。今はブランネイジュで出入りを管理してるんだ。黙って入って面倒事を起こすよりも、ちゃんと手順を踏んだ方がいいだろう?」
 そう言われ、アリアは納得した様に頷いた。

 酒場のある街の中央広場に近づいた時、風に乗って竪琴の音と歌が聞こえて来る。
その曲に魅かれる様に酒場へ向かうと、店内の明かりは消されており、ステージ奥の中庭が目に飛び込んで来る。
「……いつもの娘達じゃないな」
 クライヴが呟き、アリアも中庭の踊り子に目を向ける。
そこで舞って居たのは、すらりとした長身の男性だった。煌びやかでは無い落ち着いた衣装ではあるが、見る者を惹きつける魅力があった。
そして、何より特徴的だったのが、白い狐の面を付けて舞う剣舞だと言う事だった。
 竪琴の音色に合わせて踊る幻想的な姿に魅入られ、あっという間に時間が過ぎて行き、やがて舞が終わり酒場内に明かりが灯される。
 余韻に浸りつつアリアは溜息を漏らし、途中から黙っていたクライヴを見ると、彼は難しい顔をしており、アリアは首を傾げた。
「クライヴ? あの踊り子さんがどうかしたの?」
 アリアが問いかけると、クライヴは我に返り彼女を見る。
「すまん。さっきの踊り子の剣捌き……知ってる奴に似てたもんでな。だが……まさか、ねぇ……」
 そう呟きつつ歩き出したクライヴを、アリアは首を傾げつつ追いかけた。
カウンターへ向かうと、そこに立っていたベストスーツのマスターが二人を見て微笑んだ。
「いらっしゃい、クライヴ。そっちのお嬢さんは初めての顔ね?」
 物腰柔らかい声に、アリアはますます混乱する。外見や声は男装した女性に思えるが、近くで見ると身長が高すぎる。
「ああ、マスターは男だぞ。そんな困惑した顔でこっちを見るな」
 アリアと視線の合ったクライヴは苦笑し肩をすくめると、マスターは上品に笑う。
「迷ってくれると言う事は、私の魅力に磨きがかかったって事よね」
 嬉しそうに笑い、マスターは二人に席に座るように促す。
「でも、二人とも運が良かったわね。白狐が来てくれた時に丁度出くわすなんて」
 飲み物を出しつつマスターが口にした言葉に、アリアは不思議そうな顔をする。
「さっき踊ってた子よ。密かに人気があるんだけど……中々、来てくれなくてね。いつもの娘達が誰も出れない時だけ出てくれるのよ」
「……あの踊り子、本業は別なんじゃないか?」
 クライヴが問いかけると、マスターは顔を背ける。
「それはノーコメント。そう言う約束だし、来てくれなくなったら困るもの」
 そんな二人のやり取りに、アリアは笑いを堪える。
「それはそうと……滅多にこっちに来ないクライヴが来たと言う事は、雪原絡みかしら?」
 マスターの言葉に、アリアとクライヴは顔を見合わせ頷いた。
「凍結湖に行きたいんです。でも、今はブランネイジュで出入りを管理してると聞いて、ご相談したくて……」
 アリアが答えると、マスターは笑って頷く。
「それに関しては、既に手配済みよ。あなた達が来るだろうからと、依頼が来てたのよ」
「……依頼?」
 アリアが問いかけると、マスターは微笑む。
「凍結湖までは専属ガイドが案内してくれるわ。怪しい話ではないから安心なさい」
 そう言ったマスターの様子に二人は顔を見合わせた。
その後、酒場を出て、マスターの指示に従い雪原へ続く裏門へとやって来る。
すると、門の上から一羽の白鷹が姿を見せた。
「あ……白蓮?」
 アリアが驚き問いかけると、白蓮は手前の柵に舞い降りる。
『……お前のつがいに同行している闇魔道士に頼まれたから、主が凍結湖まで案内する事になった』
「つ……つがいって……」
 白蓮の言葉に、アリアは耳の先まで熱くなるのを感じつつ呟き、白蓮は不思議そうに首を傾げる。
「間違ってない気はするが……青春だねぇ。で、白蓮だったか。お前の主殿は何処に居るんだ?」
 クライヴがアリアの様子を面白がりつつ問いかけると、白蓮は舞い上がり、少し先の街道沿いにある木へと向かう。すると、木の根元に丸まっていた黒狼が起き上がり、木陰から一人の剣士が姿を見せた。その剣士は赤いコートを纏い、腰には特徴的な少し反りのある長剣を下げている。
「……お前さんは……」
 思いがけない人物の登場にクライヴが驚きの声を上げると、アリアは不思議そうにクライヴと剣士を交互に見る。
「……知り合い……ですか?」
 アリアが問いかけると、剣士は頷く。
「以前、占星術師を通して会った事があるんだ。今回、親友の依頼で凍結湖までのガイドを引き受けたレヴァイルだ」
 そう言って、剣士……レヴァイルは礼儀正しく頭を下げる。
「あ……アリアンナと言います。よろしくお願いします」
 それに釣られてアリアも頭を下げる。
「白蓮の主と言うのはお前さんだったのか。雪原の通行許可はもう取れているのか?」
 クライヴが問いかけると、レヴァイルは頷く。
「その辺の手続きは全て終わっている。凍結湖までは比較的楽な道だが……」
 そう言ってレヴァイルはアリアを見た。それにアリアが首を傾げると白蓮が羽ばたく。
『……女には厳しい道だ。歩いて行っては辿り着くかどうか』
「で……でも、私が行かなきゃ……!」
 白蓮の言葉にアリアが慌てつつも口を開くと、レヴァイルは溜息を吐き白蓮を見た。
「……お前はまだまだ言葉を選ぶと言う事を覚えないとダメだな。凍結湖までの道は確かに君にはキツイと思う。だからこれに乗ってくれと言いたかったんだ」
 レヴァイルは肩をすくめながら、木の陰に置いていた物を見せる。
「……ソリ?」
 アリアが問いかけると、レヴァイルは頷く。
「ブランネイジュの住人が雪原に入る際に使う犬ぞりだ。荷運びに使う物だから、余り乗り心地は良いとは言えないが……彼、緋蓮が引くから、アリアはそれに乗って欲しい。それが雪原に入る条件だ」
 そう言いつつレヴァイルが黒狼を撫でると、少し遠慮がちなアリアにクライヴは肩をすくめた。
「それが条件で通行許可書が出てるなら、アリアはそれに従わないとな。何があるか分からん以上、無理して歩くのは賢いとはいえないぞ」
 クライヴにもそう言われてアリアは諦めたように頷き、レヴァイルは笑みを見せた。
「本格的に雪原に入るのはもう少し先だ。一先ず、今日は手前にある月影騎士隊の詰め所を目指そう」
 そう言ってレヴァイルは二人を促し、雪原へと続く街道を歩き出した。

 目の前は、何処までも広がる白銀の大地。
辛うじて道と分かる窪みはあるが、目印と言える物が無い雪原をレヴァイルは迷う事無く進んでいく。
「……地図もロクに当てにならんだろうに、良く分かるもんだな」
 クライヴが感心しつつ声を掛けると、レヴァイルはチラリと振り返る。
「白蓮が上から教えてくれている」
 その答えにクライヴは空を見上げ、上空を旋回している白蓮の姿に納得した様に息を吐く。
「なるほどな、あれは元々、お前さんの力だしな。感覚共有みたいな事が出来るのか」
 クライヴがそう言うと、レヴァイルは小さく頷いた。

 レヴァイルの道中での獣との闘い方も、アリアは初めて見る型だった。
彼は盾として獣の攻撃を障壁で受け止め、そこをクライヴや白蓮が切り崩していく。
リオの魔剣での戦い方に似た部分はあったが、レヴァイルは魔力とは違う力を使ったものだった。
『戦いの最中に考え事してると危ないよ』
 その声にアリアが我に返ると、ソリを引いている緋蓮が彼女を見ていた。
「あ……ごめんなさい。レヴァイルさんみたいな盾役の型を見たのは初めてだったから……」
 アリアが慌てて答えると、緋蓮は首を傾げる。
『んー……主殿は状況に応じて型を変えるから、一般的な人達とは比べられないんじゃないかなー』
「……え?」
 緋蓮の言葉に、アリアは言葉に詰まる。
『いつもは、おいらが盾なんだけどね。今回は荷物持ちだから、おいらは主殿の補助に入ってるんだ』
 冒険者になる者は、それぞれ得手・不得手があるものだ。そのため、パーティを組む指針としてガーディアンやウィザードと言った大枠のメインクラスが振り分けられる。
中には複数のクラスをこなす者も居るが、やはり本来のクラスよりは劣るものではあるのだが……
「……あの障壁を作り出してる力は、緋蓮のものなの?」
 アリアが問いかけると、緋蓮は尻尾を振る。
魔獣を使役するテイマーも居るが、使役している魔獣から力のみを引き出す……なんて事は聞いたことが無い。
「あー、そいつらは非常に特殊な奴等だから、何の参考にもならんぞ」
 その声に顔を上げると、獣を片付けたクライヴが剣を納めた所だった。
「レヴァイルが連れている二匹は、元々、あいつ自身が一人で抱え込んでいた力だ。力の暴走を防ぐためにベアトリス様が手を貸して、触媒から具現化したのが緋蓮と白蓮らしいからな。一時的に力のみを引き出して、盾として立ち回るなんてレヴァイルしか出来ん。あれは例外だと思っておけ」
「……そう……なんですね」
 説明を聞いても、いまいち理解が追い付かず呆気に取られているアリアの姿に、クライヴは肩をすくめて笑って見せた。

 その日の夜の事……
風を避けれる岩場で休む事にし、夕食を取った後、焚火の近くで毛布に包まって居たアリアの所に緋蓮がやって来る。
『大丈夫? 寒くない?』
 そう言って、緋蓮はアリアを包むように横になる。その身体の暖かさに、アリアはそっと緋蓮を抱きしめた。
「……暖かい……気を使ってくれて、ありがとう」
 アリアがそう言って緋蓮のお腹に寄り掛かると、緋連はチラリと彼女を見た。
『……主殿は女の人が雪原に入るのは身体に良くないから反対だもの。アリアが行く必要があるんじゃ無ければ、街で待ってて欲しかったし。だから、身体には気を付けないと』
 その言葉に、アリアは緋蓮を抱きしめつつ息を吐く。
「レヴァイルさんは口数が少ないから、ちょっと怖かったんだけど……優しい人なんだね」
 ポツリと呟いたアリアの言葉に、緋蓮は無言でパタパタと尻尾を振る。
そこで剣撃の音が聞こえアリアが顔を上げると、雪の少ない岩場で手合わせをするレヴァイルとクライヴの姿が目に入った。
 下弦の月の下、二人の姿にアリアは思わず見入ってしまう。
クライヴの力強く豪快な太刀筋は今まで見てきたが、レヴァイルは盾の時とは一変して、流れるような太刀筋だった。
間合いを図りクライヴが振り払う剣を、レヴァイルは受け流し、そのまま攻撃に転じる。
まるで舞を舞うかの様なその動きに、アリアはつい最近、見覚えがある事に気が付いた。
「……あの踊り子さんに似てるんだ」
 ブランネイジュの酒場で見た白狐の面をつけた踊り子。
その姿を思い出し、アリアは無意識に呟く。
『そりゃそうだよー。あれは主殿だもの』
「え!?」
 アリアの呟きに緋蓮が答えると、アリアは驚いて身体を起こす。
そこへ、岩場の上にいた白蓮が降りて来ると、無言で緋蓮を突き毛を毟る。
『痛!? 痛いって!! 禿げるっ!!』
 盛大に緋蓮の毛を毟る白蓮の様子にアリアが思わず吹き出すと、騒ぎに気がつき二人が戻って来た。
「なんだ、どうしたんだ、この惨状は」
 涙目の緋蓮を無言で突く白蓮の様子にクライヴが首を傾げると、アリアはレヴァイルを見た。
「レヴァイルさんを見てたら、あの酒場の踊り子さんを思い出しちゃって。そしたら緋蓮が……」
 そこまで聞いて、理由を察したレヴァイルは顔に手を当て溜息を吐いた。
「……本当は、人に見せるための物では無いんだ……だが、マスターからの依頼だから……」
 顔に手を当てたまま言葉を濁し、耳まで赤くなったレヴァイルの姿に、クライヴは笑いを堪える。
「やはり白狐はお前さんだったか。意外と言えば意外だが……断り切れないのは、お前さんらしいな」
 そう言われ、レヴァイルは背を向け大きく肩を落とした。


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