Eclipse-緋月忘華-
Chapter9


 新月の暗い森の中で、リオは一人、剣の素振りをしていた。
『お前は寝ておけ』とベルンに言われたものの、ザンデの様子も気になり眠れなかったのだ。
 澄んだ空気の中、剣を振って居ると、ふとザンデの言葉を思い出す。
『自分にしか分からない僅かな繋がりを、自分が信じてやらねばどうする』
 ……きっと、ルークは自分ごと魔王を倒せと言うだろう。
そうなった時……自分はどうするだろう。
ルークの身体から魔王の魂だけを切り離す。……その方法を探さなくてはいけない。
そこでリオは剣を下し、黙って立ち尽くしていた。


 何も見えない闇の中……ただ、凍えるような寒さだけは感じていたのかもしれない。
次第に、その感覚すらも麻痺し自分と言うものが解けていく。
そんな時、不意に誰かに触れられた。……そう認識した瞬間、一気にすべての感覚が蘇る。
まるで、水に揺蕩うような中、再び頬を撫でられる。
……目を開けなければ。そう意識した時、淡い光の中に自分が居るのだと分かる。
そして、自分を覗き込むように心配そうに見つめる白いローブの少女と目が合う。すると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
 それから幾度と無く、微睡と覚醒を繰り返す。
その、僅かに目覚めた時、傍らには常にその少女の姿があった。
 そんなある日の事。何時もの様に微睡んでいると、ふと声が聞こえる。
「また、そんなに見つめてる。月華、それでは、その人がゆっくりと眠れないわ」
 呆れつつも、優しいすべてを包み込むような声。
「……ごめんなさい。でも……この人は、私と同じ力を持つ初めてのヒトだから……」
 次に聞こえたのは、最初の声より少し幼さの残る声。
……常に自分の傍にいる、と言う事は、あの少女の名は月華と言うのだろうか。
ぼんやりと目覚めると、自分を見つめる二人と目が合った。
……月華?
最初に見た、幼さの残る少女を見ると、二人は驚いた顔をする。
「そう、月華は私です。貴方は自分がどんな姿だったか……思い出せますか?」
 月華の声に目を閉じ考える。自分の姿……そう記憶を辿り思い浮かべる。すると、先程まで不確かだった全身の感覚がはっきりとしてきた。
そこで、頬に手を当てられ目を開くと、月華は嬉しそうに微笑んだ。
まだ、頭は霞がかった様にぼんやりとしていたが、自分の手を見つめる。
……私は、なぜ、ここに……?
「貴方は異空の中を彷徨っていたの。それが……月華の力に引き寄せられたのか……こちらへ近付いて来たので、ここへ引き上げたのです」
 月華とは別な少女が口を開く。彼女達は容姿は一緒だったが、その身が司る力は違うようだった。
そこで、急激な全身のダルさと睡魔に襲われ目を閉じる。
「今はまだ……ゆっくりと眠って。私達のエーテルが、その身に馴染むまで……」
 微睡に落ちて行く中、優しく囁く月華の声が聞こえた。


 夜明け近くになった頃、眠りが浅くなって来たのか……ザンデが小さく息を吐き、目を開く。
「目が覚めたのか」
 声をかけると、ザンデは僅かに視線を動かしユリアスを見た。
「……ユリ……ティアス?」
 朦朧とした意識の中、ザンデが口にした名にユリアスは動揺する。
「……もうじき夜明けだが……もう少し眠って居ると良い」
 ユリアスは動揺を隠す様に微笑み声をかけると、ザンデは再び眠りへと落ちて行った。
その時、外に居たリオも異変に気が付いた。
風も無いのに生命の樹が枝を震わせ、いつもと違う様子に、リオは言いようの無い不安を感じ根元にある洞窟へと足を向けた。
 洞窟の入口に来た時、そこに居たベルンの姿に少し安堵する。
「……今、何かあったのか?」
 リオが問いかけると、ベルンは視線を落とす。
今まで彼が見せた事の無い不安げな表情に、リオは首を傾げる。
「先程、少しだけザンデが目を覚ました。だが……本当にあいつ自身だったのか……断言ができん」
「それって……」
 ベルンの言葉にリオも顔を強張らせる。
それはつまり……魔王の人格が、ザンデ自身を上回り表に現れたのかもしれないと言う事。
先程の生命の樹のざわめきが、魔王の力に反応したからだとしたら納得も出来る。
「……今は?」
 リオは緊張した面持ちで問いかける。
ザンデは簡単に自分を手放したりはしない。……そう信じているが、心配でもある。
そんな、リオの心境を読み取ったのか、ベルンは溜息を吐く。
「魔王の気配がしたのは、先程、目覚めた時だけだ。安心しろ……とは言い切れないが……」
 ベルンがそう言った時、東の空が赤く染まり、同時に洞窟内から白光のアミュレットが放った光が漏れる。
「一先ず……夜は超えた、か」
 そう呟き、ベルンは陽の上り始めた空を見上げ目を細めた。


 ──それは、世界が終わる前触れだったのだろう。
ある日、小さな地震が起き、それは日ごとに頻度を増してきた。
小さな揺れだったからこそ、人々はそれに慣れ、気にしなくなっていた。
しかし、僅かながら……それは、地上に影響し始めていたのだ。
 それに気が付いたのは魔導士達だった。
日々、エーテルに接している彼らは、明らかに世界を取り巻く環境エーテルが変わって行く事に気が付いた。
世界中の魔道士が調査し、導き出された結論。
それは、『この世界の核が膨張し、内部から大地が崩壊している』と言う事だった。
もちろん、その結果に基づき、核を鎮めようとした。
だが、魔導士達は……私達は失敗したのだ。
膨張を続ける核たる魔力の泉……悠久の闇。
抑えきれずに飲み込まれた時、誰かが強制転移を使ったのは理解出来た。
「……それで異空に放り出されたのね」
 私の話を聞いた月華が呟き、それに首を傾げると、彼女は少し考える。
「……貴方が初めて私の名を呼んでくれた時……それまで、貴方は魂だけの状態だったの。今の貴方を形作っているのは、この世界……私達のエーテル」
 それを聞き、自分の手を見つめて数回、握りしめる。
……ああ、そうか。だから、最初は身体を動かす事も出来なかったのだ。
「元の世界……気になる?」
 月華に問われ、視線を落とす。あれから、どの位の時間が経っているのかも分からない。
もしかしたら、既に無いのかもしれない。
……それでも……
 すると、月華は優しく微笑み、頷く。
「目を閉じて……貴方の行きたい場所を思い浮かべて。魂の繋がりを辿り、そこに送るから」
 月華の言葉に従い、目を閉じる。
ほんの僅かなエーテルの揺らぎの後、覚えのある空気に目を開く。
そこは……元の世界。自分の生まれた故郷だった。
まだ、存在しているものの、明らかに核たる魔力が地表に近付いてきて居るのを感じる。
 自分が居るのは、核の近くへ行く時に仲間と共に通った洞窟の入口。
その周囲は不気味に静まり返っていた。
洞窟へと入り奥へ進むと、目の前に転送陣が現れる。核の近くに行くためのものだが、それは起動したままになっていた。
……と、言う事は、転送先の陣は存在していると言う事。
意を決し、それに触れると、転送陣は僅かな光を放った。

 光が収まり目を開くと、目の前には大きな空洞が広がる。
そこに、核たる魔力……悠久の闇があった。
最後に見た時よりも核は膨張していたが、周囲に張られた結界により、この大空洞で膨張が抑えられて居た。
それは、あの時……自分が組んだ術式で張った結界だった。
『貴方は失敗した訳じゃなかった。ちゃんと抑え込むことが出来ていたのね』
 ふと、月華の声が聞こえる。姿は見えないが、傍に居てくれるのだろう。
そこで、改めて結界に目を向ける。確かに抑え込むことは出来ている。だが、このままでは何も解決はしていない……
『この核の魔力は私と同じ力。貴方が望むならば、私は貴方にこの核を制する力を分けてあげられる。
……でも、そうすると、貴方は私の元を離れる事が出来なくなる。この世界に留まる事が出来なくなってしまう』
 月華の言葉に疑問を感じ首を傾げる。
……君の元を離れられなくなる……とは?
 その疑問に答える様に、少し間を置き月華は言葉を続ける。
『私の力を行使すると言う事は、私と魂を繋げてしまうと言う事。魂を繋げてしまうと、私達の世界から離れると魂が弱ってしまうの。そして、いずれ消えてしまう』
 と、言う事は……月華の元に居るのであれば、ずっと……共に居れると言う事なのだろうか。
そう考えた時、月華が言葉に詰まるのが分かった。その様子に笑みを堪え、目の前の核を見つめる。
どうせ、一度は消えかけた魂……ならば、今後は恩人である人と共に居るのも悪くはない。
「……この闇を、悠久の闇を制する力を分けて貰えるか?」
 私の言葉に月華は驚き……同時に喜びも伝わって来る。
『でも……本当に良いの?』
 躊躇いがちな月華の問いに、微笑し頷く。
「私の魂は君と共に……私は、君を守る守護となろう」


 夜明けから数時間経った頃、ユリアスの館へ移されたザンデが目を覚ました。
「目が覚めたか。状況は分かるか?」
 ユリアスが問いかけると、ザンデは周囲を見回し目を閉じる。
「ああ……すまない……手間をかけてしまったな、ユリアス」
 ザンデの言葉に、ユリアスもやっと安堵の表情を見せた。
「体力の消耗は最小限に留められたとは思うが……もう少し、様子をみるといい」
 そう言って、ユリアスは部屋を出て行った。
それを見送り、ザンデはベッドに身体を横たえたまま息を吐く。
一度目が覚めた時、ユリアスを……認識できなかった。いや、別な知人だと思ったのだ。
その時……自分の意識は、ほぼ魔王と重なっていたのだろう。こうして自分が戻って来れたのは、魔王がまだ狂う前だったからと言う事。だが……
(……あの想いを持った者が……魔王だと?)
 夢、と言うよりは追体験に近い……昨夜、感じたのは月華に魅かれ、彼女を護りたいと願う強い想いだった。
「……それを、このまま……という訳には……行くまいな」
 そう呟き、ザンデは窓から空を見上げた。

 ユリアスが廊下に出ると、待っていたリオが立ち上がる。
「ザンデは……」
 リオが問いかけると、ユリアスは笑みを浮かべ頷く。
「……大丈夫だ。今回も……無事に耐えきれたと思って良い」
 その言葉にリオは安堵し、ベルンも溜息を吐いた。
「緋月まで、あと二ヶ月……近づくほどに侵蝕も深まる。気が付いたとは思うが、昨夜、一度目覚めた時……あの時、表に現れていたのはダランクールだ」
 ユリアスがそう告げると、ベルンは目を閉じる。
「魂が身体に完全に馴染むには多少なりとも時間は必要だろう。だからこそ……緋月の前に奪いに来る筈だ。その前に何らかの対処を考えなければならん」
 その言葉に、ベルンは少し考える。
「……薬師が何か掴めて居ると良いが……」
「薬師って、ロイの事か?」
 ベルンが口にした言葉にリオが首を傾げると、ベルンは頷く。
「何か手掛かりがあるならば、セレネの聖霊石を手に入れたら直ぐに向かうと良い。残された時間は少ない」
 ユリアスがそう言って言葉を切ると、その場を沈黙が支配する。少し間を置き、ユリアスはベルンを見据える。
「……次は無いぞ」
 そう投げかけられた言葉に、ベルンは拳を握りしめた。


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