夕暮れ近くに目を覚ましたザンデは、リオを見て溜息を吐く。
「……すまん、足止めをしてしまったな」
そんなザンデの様子にリオは肩をすくめた。
「そんな事、気にするなよ。ザンデが魔王の器だって言うなら無関係じゃないだろ。それにオレもベルンに手合わせして貰ったり出来たし……丁度良かったよ」
そう言ってリオが見せた笑顔に、ザンデは少し驚いた表情を見せ目を閉じた。
「どうかしたのか?」
そんな様子にリオが首を傾げると、ザンデは苦笑する。
「……お前がクランの仲間に似ていてな。ふと……あいつを思い出しただけさ」
ザンデの返事を聞き、リオはふと思い出す。
「そう言えば……アシュタ渓谷で目を覚ました時、オレを誰かと間違えてたっけ。あれって……」
そう言われ、ザンデは前髪を掻き上げた。
「……声に出てたのか……」
「……うん」
バツが悪そうに呟いたザンデにリオが頷くと、ザンデは溜息を吐いた。
「その、共に旅をしていたクランの仲間だ。お前と同い年位のな」
「旅してた、って……」
過去形になっている言葉にリオは聞いてはまずかったと思い、気まずそうに首筋に手を当てる。
「ああ、死んだ訳じゃない」
リオの様子にザンデは笑みを見せる。
「あいつも特殊な奴でな。時を操ると言われた一族の末裔なんだ。まだ、完全に時魔法の制御が出来ないのに……呪印の侵蝕を遅らせようとして能力を行使した。結果、反動でワームホールを生み出し、それに飲まれた」
それを聞いてリオは視線を落とす。
それは、つまり……ザンデを助けようとしてワームホールに飲み込まれたと言う事……。
あの時、無意識に自分を仲間と見間違い名前を呼んだのは、それに対して責任を感じていると言う事なのだろうか。
「あいつの持つ剣に、私の魔杖を道標とする印を付けたが……何時戻って来るやら」
そう言ってザンデは壁に立てかけてある魔杖を見た。
「……だからこそ……私は自分を手放す訳にはいかない。あいつが戻って来る目印を無くす訳にはいかないからな」
魔杖を見つめたまま呟いたザンデの姿に、リオはどうして彼が侵蝕に抗い続けられるのか……理由が分かった気がした。
自分が取り戻したい人が居る……自分を助けるため、手を尽くしてくれた仲間が居る。
その想いがあるから、魂を侵蝕してくる魔王の魔力に耐え続けてられるのだろうか。
「……ザンデは強いんだな」
リオの言葉にザンデは驚くが、直ぐに苦笑する。
「私は……強くなどない。常に誰かに支えられている。支えてくれる仲間が居るから……今、ここに居られる。そう言うお前だって、取り戻したい者が居るから再び魔王の元を目指しているのだろう?」
不意にザンデに問いかけられ、リオは言葉を詰まらせた。
今まで魔王を倒す事しか考えて居なかった。……いや、考えない様にしていたのかもしれない。
魔王の依り代となったルークを……兄を取り戻す。そんな事が可能なのだろうか。
相手は魔王……しかし、自分の中には未だルークの存在は感じ取れていた。
「……今の魔王は……魔王に身体を乗っ取られた仲間は、オレの双子の兄貴なんだ」
初めて自分から魔王の事を話始めたリオの様子に、ザンデは黙って彼を見る。
「兄貴はオレと違って出来が良くてね。誰にでも優しくて、困ってる人が居たら必ず手を差し伸べる……人から頼られる奴だったんだ。だから……何時も自分の事は後回しにして……それで気が付くのが遅れた。白光のアミュレットが壊れた事に……」
そう言って、リオは欠けたアミュレットを握りしめる。
「……魔王に身体を乗っ取られた者を……助ける事なんて出来るのか?」
最後は自問するように呟き、リオは黙り込む。その姿にザンデは目を伏せた。
「お前の兄が魔王に乗っ取られた状況はどういうものだった?」
ザンデに問いかけられ、リオは少しの沈黙の後に当時の状況を話し出す。
魔王との闘いの最後……ルークは魔王と刺し違え、魔王は霧散し消滅した様に見えた。しかし、その直後にルークの身体に闇が纏わり魔王が乗っ取った。
すでに自分達に魔王を押さえる余力も無く、魔王を封印するしか方法が無かった。
「封印される間際……ルークは自分はどうなっても構わないと言ったんだ。……でも、オレはあいつを助けたい。あんな最後がルークの運命だとは信じたくはないんだ」
そう言ってリオが口を閉ざすと、静寂が辺りを包み込む。それを破ったのは黙って話を聞いて居たザンデだった。
「……その状況ならば、まだ手はあるかもしれない」
その言葉にリオがザンデを見ると、彼は顎に手を当て思案しているようだった。
「身体と魂の結びつきと言うのは、そう簡単に切り離せるものじゃない。それは魔王と言えども例外は無い筈だ」
「そう言い切れるものなのか? 相手は魔王なんだぞ?」
リオが呟くと、ザンデは呆れたように肩をすくめて見せた。
「……その実例が目の前に居るだろうが。魔王が相手の身体を簡単に乗っ取れるのならば、わざわざ呪印を刻んで本来の魂を侵蝕するなどする必要はない。とは言え、肉体を持たない魂はやがては消える。だから、一時的な依り代として間近に居たお前の兄の身体に入ったのだろう。
それに……今も兄の気配を僅かにでも感じ取れるのだろう? ならば、その感覚を信じろ。その感覚がある限り、お前の兄は消えてはいない」
そこで、ザンデは目を閉じ小さく笑う。
「そして、未だに兄の気配を感じ取れているならば、それは仮初の器として一時的に身体を使っているだけだと言う証拠だ。一つの器に二つの魂が存在し、元の魂が抑え込まれている……そう言う状況なのだろう」
リオは自分に言い聞かせるように、静かに話すザンデの言葉に俯く。ルークを助ける事が出来るかもしれない。
……だが、どうやって? それを自分が出来るのか?
答えの無い疑問に、不安だけが圧し掛かって来る。
と、その時、リオは自分の頭に手を乗せられた事に気が付き顔を上げると、ザンデは優しく微笑み、ぽんぽんと軽く頭を叩く。
「深く考え過ぎるな。諦めなければ方法は必ず見つかる。ただ、兄の事を信じてやれ。たった一人で魔王に抗い続けているのだからな」
その言葉に、リオは少し呆然とした後、拳を握りしめ黙って頷いた。
翌朝。
朝日が洞窟に差し込み始め、その光にリオは目を覚ます。
身体を起こし、軽く伸びをした後に洞窟の外に出ると、ウルクカイル湖より流れ落ちる滝の傍で瞑想をするザンデの姿が目に留まった。
滝の飛沫が作り出す靄と、それに反射する朝日が幻想的な光景を生み出し、それに合わせザンデの周囲には小鳥や小動物達が集まっている。
それは、彼が魔族である事を忘れさせるような光景だった。
「……どうした、こんな所で」
その光景に魅入られ立ち尽くしていたリオは、声をかけられ我に返り振り向くと、そこにはベルンが立っていた。
「なんか不思議な感じだ。ザンデは魔族なのに……小動物達は何の警戒も無く、むしろ安心しきったみたいに彼の周りに寄って行くんだな」
魔族は闇属性を主とする者が多いせいか、警戒心の強い小動物は近寄らない傾向がある。
リオの言葉にベルンもザンデを見た。
「瞑想している時はいつもそうだな。偏った精霊バランスを戻すのに身体に溜まった精霊を開放するから、一時的とはいえ周囲は精霊の多い場となる。それに動物達は安心感を覚えるんだろう」
ベルンの話を聞き、リオが再びザンデの方を見た。その時、ザンデの髪が風になびくように動き、次の瞬間、周囲のエーテルが彼に向かい流れる。
ほんの僅かな時間だったが、ザンデを魔法陣が包み込み、それは彼に吸収されるように消えていく。
そこでザンデは空を見上げ、小さく息を吐き、傍らにいたリスを優しく撫でると立ち上がる。
それを合図に小動物達は森へ帰って行き、ザンデは振り返ると二人の姿に苦笑した。
「そんな所で何をしている。瞑想なんて見ていても、つまらんだろう」
ザンデにそう言われ、リオは首をふる。
「精霊バランスを戻すのなんて初めて見たからさ。一緒に旅してた魔道士は……やってたのかもしれないけど、周囲に目に見えての変化なんてなかったから」
リオの言葉にザンデは笑みをもらす。
「……ああ、ユリアスか」
「ユーリを知ってるのか?」
ザンデが仲間だった魔道士の名を出した事に驚きリオが問いかけると、ザンデは頷いた。
「まあ、色々あってな。……ユリアスは上位古代エルフ。それに合わせて樹の守護者だ。体内の精霊バランスが偏るなんて事は滅多にあるまい。私は種族柄、どうしても黒闇に傾くのでな」
ザンデはそう言いつつ苦笑する。
「さて、早めに用意を済ませて出発しようか」
そう言ってザンデがベルンを見ると、ベルンは黙って洞窟に戻り、リオも頷きそれに続いた。
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