Eclipse-緋月忘華-
Chapter5

 門を抜けリオが再び広場に戻ると、崖下の風を避けれる岩の陰でキャンプの準備をしているベルンの姿があった。リオが近づくとベルンはその姿に気が付き顔を上げる。
「今日はここで休むぞ。お前もあれだけ出血していたんだ。無理はせずに今日はここまでにしておけ」
 ベルンに声をかけられ、ザンデの姿が見えない事にリオは辺りを見回す。
「あれ? ザンデは?」
 リオが問いかけるとベルンはチラリと岩陰を見る。そちらに視線を向けると簡易テントで横になっているザンデの姿が見えた。
「案の定、あの後倒れてな」
 表情を変えずにそう言いつつ、ベルンは火にかけたスープの味見をする。
その様子に苦笑しつつリオがテントを覗くと、少しうなされて居るのか……ザンデが苦しそうに息を吐いた。それを見たリオはザンデの枕元に置いてあった手拭きで、そっと額に浮いた汗を拭ってやる。
すると、ザンデは目を覚ましぼんやりとリオを見た。
「……キラ……ム……?」
「あ……悪い、起こしちまったか?」
 リオが手を止めると、ザンデは目を閉じ息を吐く。
「ああ……リオか、すまん……」
 そう言って自分を見て微笑したザンデの瞳に、リオは思わず見入ってしまう。
魔族特有の金目で……右目は僅かに赤みがかっている。
光の加減で色味が微妙に変わるその瞳は、不思議と惹きつけられるものがあった。
そんなリオの様子に気が付いたのかザンデは苦笑すると身体を起こし、外していた眼帯を付けなおす。
「……あっ……ごめん、何か……目が離せなくなっちまった」
 気まずそうにリオは頭を掻く。
「どうもこの瞳は見る者を惹きつけるようでな……見た者が勝手に信奉者になられても困るから、眼帯はその為にしてるのさ」
 少し冗談っぽく話し、ザンデは笑みを見せる。
「そんな事を言える元気があるなら、体調は問題ないようだな」
 その声にリオが振り返ると夕食のプレートを持ったベルンが立っていた。
「さっさと食べて休め。どこに行くにせよ、まずは体力を回復させてからだ」
 そう言ってベルンは二人に夕食のプレートを渡すと、自分は焚火の傍に戻り剣を抱いて腰を降ろす。
リオが声をかけようか戸惑って居ると、夕食の匂いに釣られたのか腹の虫が鳴った。
「ぼーっとしてないで、温かいうちに食べるといい」
 リオの様子に笑いを堪えながら、ザンデはベルンの作ってくれたスープを口に運ぶ。
それに照れながらリオもプレートに手を付けた。
 翌朝、リオが目を覚ますと既に二人は起きており地図を広げている所だった。
そこへ近づくとザンデは微笑む。
「良く眠れたようだな」
 声をかけられリオは頷く。そんな彼にベルンは無言で淹れた珈琲を手渡す。
「久しぶりにゆっくり寝た気がする……ありがとな。でも、ベルンは寝てないんじゃないのか?」
 リオが珈琲を受け取りつつ問いかけると、ベルンは肩をすくめた。
「寝る時は寝て居る。お前が心配しなくても良い」
「ベルンは古代竜族だ。ヒトよりも竜に近い。睡眠のサイクルは私達とは違うのだそうだ」
 ベルンの言葉にザンデは補足しつつ、リオに座るように促す。
そして、リオが座ると広げていた地図を指さした。
「今、私達が居るのはここ……アシュタ渓谷だ。祭壇があると伝わっているのは、こちら方面だとウルクカイル湖、それに生命の森。……そこで間違いはないか?」
 ザンデが確認すると、リオは地図を見たまま頷く。
「大陸の位置的には前と大して変わってない。ここからだと、次はウルクカイル湖を目指す……で間違ってないよな?」
 リオが問い返すとザンデは頷き考え込んだ。
「そうなると、残りも伝わっている通りであれば精霊の森、地下水脈、凍結湖と言う事になるか……」
「そうだけど……何か問題があるのか?」
 ザンデの反応を不思議に思いリオが再び問いかけると、彼は考えつつ口を開いた。
「凍結湖までは何の目印も無い雪原を行く事になる。その為、自由に雪原に入れると遭難する危険があるからブランネイジュで出入りを管理しているのだ。許可を取るのは簡単だが、事情が事情だしな……案内をどうするか……」
『それなら案内はオレ達が行こうか?』
 突然、頭上から声をかけられ驚いてリオが上を見上げると、以前ベルンが連れていた白鷹……白蓮の姿があった。
「気配が無いのはお前の特性だが……少しは前置きをしろ」
 ベルンが呆れ顔で声をかけると岩場に止まる白蓮は首を傾げる。
「お前がここに来たと言う事は、主はブランネイジュに戻っているのか?」
 ザンデが問いかけると白蓮は羽ばたく。
『用事は済んで帰還中だ。戻った後は暫く予定はない。それにそいつがここに居ると言う事は、あのエルフの女が向こうを回るんだろう? 一応、面識はあるから話は通じやすいと思うが』
 そう言う白蓮の様子にザンデがリオを見ると、リオは頷いて見せる。
「アリアは途中で会ったクライヴと言う剣士と一緒に東側の大陸を回ってる」
 リオの言葉に白蓮は再び首を傾げる。
『……ああ、シャノンのつがいか。ならば尚の事問題は無いと思う。主はその男と面識がある』
「どうやら話は通じそうだな。白蓮は戻って雪原案内の件を頼んで貰えるか。酒場のマスターに私からの依頼だと伝えてくれ。後はマスターが上手く手を回してくれるだろう」
 ザンデが微笑し話しかけると、白蓮は舞い上がり飛び去って行く。
「……さて、向こう側は良いとして……私達の方だな」
 そう言ってザンデは視線を落とし、ベルンが地図を指さす。
「ウルクカイル湖は、この渓谷を抜けた先のエリュ山・山頂付近にある。距離はあるが、そんなに険しい山ではない。まあ、今のお前達でも無理なく進める筈だ」
 地図のルートをなぞりベルンが説明した言葉に、リオとザンデは顔を見合わせた。
「二人とも怪我の後で体力が落ちているだろう。リオ、お前も自分の身体と相談出来ないタイプか?」
 二人の様子にベルンが眉間に皺を寄せ呟くとザンデは苦笑した。

 その後、アシュタ渓谷を出発しエリュ山へ向かう道中は、特に魔物の数が増えたと言う事も無く順調に進む。途中で魔物が出た際はベルンが対応し、リオとザンデは後方からの援護と言う形を取った。
 渓谷を出発してから一ヶ月程経とうとした頃、リオはザンデがいつも夜に何かをメモしまとめている事に気が付いた。
「なあ、いつも夜に何を書いてるんだ?」
 その声にザンデは顔を上げ笑みを見せる。
「お前が何が出来るのか、把握するための物だよ」
「……え?!」
 思いがけない返事にリオは言葉を失う。その姿にザンデは笑い肩をすくめる。
「大したものではない。一緒に旅している者が何が出来て何が出来ないか……剣士と言っても、それぞれ特徴があるものだ。仲間が出来る事を知っておかねば間違った判断をするかもしれないだろう?」
「……そう言うもんか……」
 その答えにリオが呟くとザンデは微笑み、メモと地図を見比べながらの作業に戻る。
それを眺めつつリオは前の旅の事を思い出していた。
そう言えばルークも同じようにキャンプの度に、その日の事や次の計画を考えて居たっけ……。
そこで、ふとザンデが手を止め考え込み始める。
「どうかしたのか?」
 再びリオが問いかけると、ザンデは地図を見ながら首を傾げた。
「魔王の影が活動を始めた割には、特に大きく魔物が増える訳ではないのだなと思ってな。支配して配下を増やす……という訳では無いのか……」
 ザンデの言葉にリオも首を傾げる。
「確かにオレ達が旅をした時も、襲ってくるのは凶暴化した獣とか狂ったヒト達だったな」
「……魔王軍、と言うような集団は無かったのか?」
 ザンデの問いにリオは頷くと、彼は再び考え込む。
「魔王自身が表に出て来る事は最後まで無かった。オレ達の前に敵として立ちはだかったのは、口々に魔王を崇める自我の崩壊した狂信者だった」
「伝承と……食い違う所がある……か。魔王が魔力で世界を支配した……これの解釈が違うのか?」
 自分の話にザンデが呟いた事に僅かな違和感を感じ、リオも当時を思い出そうとする。
「……魔王『が』魔力『で』世界を支配した……では無いかな。魔王『の』魔力『が』世界を支配した、が正しいと思う。魔王が月華の力を手に入れ、その闇の魔力が世界に蔓延した。結果、それに晒され続ける内に狂気が人々を支配し始めた。皆が狂って行ったから……本能のままに争い、奪い、殺しあう。秩序が失われて荒廃が進んだんだ」
「……なるほど……支配とはそう言う……っ……」
 リオの話を聞き再び考え始めた時、ザンデは顔に手を当て目を閉じた。
無意識に右脇腹をを押さえ苦しそうに息を吐いたザンデの姿に、リオは眉間に皺を寄せる。
「大丈夫か? その辺にしておけよ。休む時は休んだ方がいいぞ」
 心配そうに溜息をついたリオの言葉に、ザンデは黙って頷いた。

 ザンデがテントで身体を横たえ目を閉じた事を確認し、リオは焚火に薪を放り込む。
黙って燃える炎を見つめ、先程ザンデが呟いた言葉を思い返す。
支配して配下を増やすと言う訳では無い……。
 言われてみれば自分達が戦った相手は自我が崩壊し傀儡と化した状態だった。
魔王の指示で襲ってくるのではなく、目の前に生体エーテル……言ってしまえば餌があったから襲って来たのだ。
……では、世界を支配した魔王の魔力とは……月華から奪った力とは何なのか?
闇は光と対をなすもの。暗闇を優しく照らす月の光とは違う……もう一つの側面がある?
「珍しいな。あいつは大人しく寝たのか」
 その声に顔を上げると、周囲の見回りに出ていたベルンが戻って来た所だった。
「傷が痛むのか……少し辛そうにしてたから寝かせた」
 リオがそう答えると、ベルンは……ああ、と呟き空を見上げ目を細めた。
「……なあ、ベルン。月は優しいだけじゃないのか?」
 釣られて空を見上げ、そこに浮かぶ月にリオはポツリと呟く。それにベルンはリオを見て少し考え目を閉じる。
「……そうだな。月狂いと言われる言葉があるように、月には人を惑わす力を持つと信じている世界もある。二面性があるのだろうな」
「二面性……」
 ベルンの言葉にリオは焚火を見つめる。
「オレ達が旅に出た時は世界は既に魔王の魔力に包まれてた。それに当てられた人々は狂い、奪い、殺しあう。だから、その魔力の根源……魔王を倒さなきゃいけない。そう考えてたし、そう言われてた。
でも……ザンデが疑問に思った事を聞いて自信が無くなっちまった……。確かに魔王は積極的にヒトを支配してた訳じゃない。ただ……広がった魔力に人々や動植物が当てられたんだ。しかも、それは元は月華の力だった筈……」
 そこまで話、言いたい事をまとめる様に考えつつ、リオは焚火を枝でつつく。
「アシュタの祭壇で守護のケルンも……何かを隠してた感じだった。真実は守護のみが覚えて居れば良いって……」
「ならば、守護に聞いてみるしかあるまい? 想像であれこれ考えても真実は見えてはこない。
守護達が覚えて居るならば聞くのが一番手っ取り早い。お前はその権利を持っているんだからな」
 ベルンの声にリオが顔を上げると、ベルンは腕を組む。
「疑問に思ったならば妄想するのではなく知る者に聞けばいい。それが新たな道を開くカギになる」
 その言葉にリオは黙って頷き、静かに燃える焚火の炎を見つめた。


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