ネプトアトルで二人と別れリオは一人、レアヌーク王国へとやって来ていた。
そこは乾燥地帯アトリア大陸の中にあるオアシスを中心に発展した国である。
そこで火の祭壇があったアシュタ渓谷への道を確認し、休む間もなく街を後にする。
月蝕まで半年あるとは言え、何時、何が起きるか分からない。
それに魔王の影がまた邪魔をしてくるかもしれない……そう考え進める内に先に進んでおこうと思ったからだった。
レアヌーク王国を出て乾燥した大地を夜に眠る時以外は歩き続け、数日後……リオの目の前に大地に大きく裂けた渓谷が姿を現した。
赤茶けた大地に広がる巨大な谷を目の前にリオは思わず立ち尽くす。
新月の夜から間も無く陽が上る時間。
まだ辺りは薄暗く、薄い群青色をした空が広がっていたが、東の空だけがうっすらと白みを帯び夜明けが近い事を物語る。前に旅をした時は空は常に重い雲に覆われ、見る事の出来なかったその光景は神秘的で、自分達が成した事は間違いでは無かったのだと思う事が出来た。
その景色の中に僅かな違和感を感じ、リオは眉をひそめる。
……魔王の影が近くにいるのかもしれない。そう思い、リオは慎重に谷を下り始めた。
谷に点在する遺跡の間を縫う様に進み、祭壇へ続く道に二つある門の一つ目をくぐった時、一気に強まった闇の魔力を感じリオは遺跡を背に身構えた。
すると、通って来た一つ目の門の前に歪みが生じ、漆黒のローブをまとった魔導士が姿を現した。
リオはその魔力に黙って魔剣に手をかける。幾度と無く強敵と対峙してきたリオだったが、改めて魔導士が発する魔力に、当時の……魔王と戦った時と同じ寒気を感じていた。
「……我が主のため……その命、貰い受ける」
感情無くそう呟き、魔道士は胸の前にで印を結ぶ。
「はい、そうですか……って、言う訳ないだろ!」
リオが声を上げ、地面を蹴ったと同時に漆黒の雷がリオに襲い掛かった。
それを跳躍してかわしリオは魔導士の懐に一気に踏み込むが、魔導士はそれを予想していたように素早く後退し間髪入れずに魔法を放つ。魔法を魔剣で弾きリオは再度、魔剣を振り払が、確実に間合いを捉えて居たにも関わらず、その攻撃は空を切っただけだった。
「……ったく、嫌なやつだ……」
リオが舌打ちしつつ顔を上げると、魔導士は既に次の詠唱を完了した所だった。
戦いが長引けば、こちらが不利になる。そう判断し、リオは魔導士が放った魔法に自ら飛び込んだ。
漆黒の風が自分の身を切り裂く中、一気に魔道士との間合いを詰め振りぬいた魔剣は確かな手ごたえを感じ、周囲に血が飛び散る。
「まさか……全てを切り刻む黒の嵐に自ら飛び込んで来るとは……」
苦しそうに呻き魔導士は胸を押さえる。次第にその指の間からは血が滴り落ちる。
「……ち、まだ踏み込みが甘かったか……」
そう呟いたリオも右腕を押さえていた。
嵐に飛び込んだ際に右腕を盾とした為に腕を失っていたのだ。
「だが……ここで、お前を消しておけば……!」
そう言って魔導士が魔力を紡ぎ始めた時、不意に紡いだ魔力が弾けて消える。
それに驚き魔導士の注意が反れた一瞬を見逃さず、リオは左手で魔剣を握りしめ魔導士に向かい投げつけた。
リオの手を離れた魔剣は意思を持つかのように魔道士を貫き、よろけながら後退し魔導士は力なく膝を付く。しかし、ゆっくりと顔を上げ口元を歪ませる。
「……我が主が居る限り……私は消えはせぬ……」
その言葉を残し魔導士は闇に溶け、その形が崩れると霧散し消えて行った。
それを確かめリオは溜息を吐き座り込む。
「……また、お前は怪我をしてるのか」
呆れ気味な声に顔を上げると、そこにはアリアを助けた黒髪の竜族……ベルンハルトが立っていた。
「あんた……アリアが言ってた……」
「少し黙って居ろ。傷の手当てが先だ」
そう言ってベルンが後ろを見ると、歩いて来る黒ローブの男の姿が見えた。その姿にリオは驚き、思わず立ち上がる。
「……魔王……!?」
リオの言葉に少し驚き苦笑し、黒ローブの男は肩をすくめた。
「今まで魔族だからと色々言われた事はあるが……魔王と間違われたのは初めてだな」
そう言って肩で笑う男に困惑しつつリオがベルンを見ると、彼もまた肩をすくめる。
「あいつは私の仲間だ。安心しろ」
ベルンが声をかけると、リオは気が抜けたように座り込み、そんなリオの姿に黒ローブの男は魔力を紡ぎ、淡い光が弾け癒しの光が傷を包み込む。そこへ周囲で何かを探していたベルンが戻って来た。
「……どうだった?」
男が問いかけると目を伏せベルンは首を横に振る。
「あれを繋いだとしても無駄だ。そこから壊死が始まる。切断されて良かったと思うべきだな」
ベルンの言葉にリオは自分の腕を探していたのだと気が付く。
そもそも切断された腕も繋ぎ治すのは、高度な魔法を使いこなす術師でなければ無理な事だ。
と、言う事はこのローブの男はそれだけの力を持つと言う事なのか……。
漠然とそんな事を考え男を見ると、彼は少し気落ちした様に溜息を吐き、リオの視線に気が付くと気まずそうに苦笑する。
「すまん、私の力では完全には治してはやれんようだ」
そんな男の様子にリオは首を振る。
「魔法に飛び込んだ時点で腕は捨てるつもりだった。手当してくれるだけでも助かるよ」
そう言ってリオが笑うと、男は少し俯き魔法の詠唱を再開する。
すると傷を覆っていた光は輝きを増し、少しすると血の流れも収まり痛みも消え去った。
「傷口の保護はしておくのだぞ。魔法はあくまでも応急処置だ。完治するには後は自分の自然治癒力頼りになる」
ローブの男の言葉にリオは頷く。
「助けてくれてありがとな。オレの名前はリオ。あんたは?」
リオが問いかけると男は被っていたフードを外す。すると、そこから真っ白な白銀の髪が現れた。
「……ザンデだ」
そう名乗り微笑した男の姿に、リオは改めて言葉を詰まらせる。
ザンデと名乗った魔族の姿は、それほどまでに魔王……ダランクールにそっくりだったのだ。
「……そんなにも、こいつは魔王に似ているのか?」
リオの様子にベルンが首を傾げると、リオは苦笑した。
「ほぼ……瓜二つだな。違うのは緋月眼じゃない。……それくらいか」
「なるほどな……魔王は常闇の血族だった可能性が高いか……。やれやれ、魔王の容姿が伝わってなかった事に感謝だな」
ザンデがそう言って溜息を吐きベルンは苦笑する。そんな二人の様子をリオは疑問に思い口を開く。
「確かにあんたにそっくりだったなんて伝わってたらあれだけど……魔族だからって何かあるのか?」
リオの問いに二人は顔を見合わせる。
「……魔族は魔王の眷属……闇に属する忌むべき種族。少し前までそれが一般的に言われていた事だ。だが、お前の認識は違うようだな?」
ザンデが答え問い返すと、リオは頷いた。
「魔族も他の種族と同じ被害者だ。闇に属するが故に強く魔王の影響を受けてしまった。その影響が消えるには他の種族よりも長い時間が必要。だから、闇世界からこの世界へ通じる門を自ら閉ざした……オレはそう聞いてる」
それにザンデは考え込み、少し間を置きベルンが溜息をついた。
「世界が混沌とした中でヒトは何かに縋り、何かを悪とする。長い時の中で、魔王の眷属……闇を主属性とする魔族を悪の対象とした。……そう考えるのが妥当だろう。今に伝わる伝承は、今を支配する物達にとって都合の良い事……そう言う事だろうな」
そう言って少しバツの悪そうな顔をするベルンにザンデは苦笑した。
「まあ、それはそれとして……二人は何故ここに?」
何となく気まずい雰囲気にリオが話を変えようと話題を振る。
「あの魔王の影を探していた。サイアスからお前達が二手に分かれたと聞いたのでな。どちらかの行く先に現れるだろうと、あの島から近いこの場所に来た。……初回で当たるとは思わなかったがな」
肩をすくめつつ口を開いたザンデに、リオはふと思いつき頬を指で掻く。
「……もしかして、倒しちゃまずかったか?」
すると、その答えを予想していたのか、ザンデは微笑しつつ首を振る。
「あの状況では何かを聞き出す暇も無い。それに影は完全に消えてはいない。ヤツの言葉通り、魔王が居る限りはまた姿を現すだろう。とは言え、暫くは力を回復するために出ては来れんだろうがな」
ザンデはそう言いつつ周囲を見回し、杖で軽く地面を打つ。
『展開』
彼の短い呟きと共に、杖で打った場所を中心に地面に魔法陣が浮かび上がった。
『光に属する精霊達よ この地に残りし穢れを払い清めよ』
ザンデの詠唱と共に魔法陣は光を増し、一瞬真っ白な光に周囲が覆われ光が治まると魔法陣も光の粒と化し弾けて消える。すると先程まで残って居た影のまとわりつくような嫌な魔力や地面の血痕などが跡形も無く消え去っていた。
リオはその様子に驚き周囲を見る。
「……直ぐに次が来るとは思わないが……この辺の警戒をしておこう。祭壇に入れるのはお前だ。行って来ると良い」
ザンデの言葉にリオは不思議そうに首を傾げる。
「陽鴉の証を持つオレ達はあくまでも鍵なだけだ。あんた達も一緒に入れるぞ?」
その言葉にザンデは少し困った様な顔をした。
「私は魔王に瓜二つなのだろう? ならば守護達を不用意に刺激するかもしれん。だから……」
「……なんて言ってはいるがな。まだ前に受けた傷が完治していなくて体力が無いんだ。休ませておくから行ってこい」
言い淀むザンデの言葉を遮り、ベルンは呆れ気味に溜息を吐く。
するとザンデは何かを言いたげにベルンを見るが、彼は表情を変えずに肩をすくめて見せる。
「まだ聞きたい事があるんだ。戻って来るまで待っててくれよ?」
そんな二人の様子にリオは笑いを堪えつつ立ち上がり声をかけると、ザンデは静かに微笑み頷いた。
戦いのあった門の広場から少し進んだ所に、今は廃墟と化した神殿がある。
そこが守護の居る祭壇へ通じる門でもあった。
証を持たない者がくぐれば遺跡の内部へと抜けるその入口は、証を持つ者が足を踏み入れると守護の祭壇へと辿り着く。
そこへリオが足を踏み入れると、奥に立つ守護の像は炎に包まれた。
「……再び、この日がやってきたか」
炎の中から声が響く。
「久しぶりだな、ケルン=クルム」
リオが声をかけると炎は渦を巻き人の姿を形どる。炎が収まると、そこには赤い髪が炎を思わせる女性が立っていた。それが炎の守護・ケルン=クルムだ。
「……この魔力……ダランに連なる者が近くに居るのか?」
そう言ってケルンは遺跡の外に目を向ける。
「さっき魔王の影とやりあった時に助けてくれたんだ。彼も魔王と敵対してる。悪い奴じゃない」
リオがザンデを庇う様に口を開くと、ケルンは目を閉じる。
「責めている訳では無い。再びダランが目覚めるその時に、彼と同じ性質の魔力を持つ者が現れた。……これは偶然ではないのだろうな」
そう呟きケルンは首を振る。その様子にリオは彼女をじっと見つめる。
「何か……以前は教えてくれなかった事があるのか?」
リオが問いかけるとケルンは溜息を吐いた。
「闇は悪では無い。光と闇の調和がこの世界の理。だが、闇の内に眠る狂気が……全てを狂わせる。その事実は守護の中でのみ覚えて居れば良い。……それが彼の願いだったとしても……今の眷属の現状を彼はどう思うのだろうな」
そう言ったケルンの姿をリオは怪訝そうに見る。
と、そこでノイズがかかった様に彼女の姿が揺らめいた。
「今はまだ月華の力が強い……故に陽鴉の属である私も長くは姿を保てんのだ……これを、お前に」
ケルンが手を差し出すと、そこに炎の力を帯びた聖霊石が現れる。
『……リオ……ダランを、止めてやってくれ』
その言葉を最後に炎が渦巻き、ケルンは姿を消した。
手元に残された聖霊石を見つめリオは立ち尽くす。
ケルンの話しぶり……彼女は魔王に対して罪悪感を感じている……?
少しの間、その場で考えてみるものの答えが出る訳も無く、リオは炎の聖霊石を鞄に仕舞うと首筋に手を当てながら苦笑する。
「ったく……中途半端に謎を残すような事言うなよなぁ……」
そう言って守護の像に肩をすくめて見せ、リオはその場を後にした。
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