Eclipse-緋月忘華-
Chapter3

──翌日。
ロイの見立て通り、リオは目を覚ます。
始めは状況が飲み込めずに居たリオだったが、アリアに話を聞き落ち着いた所で大きく溜息を吐いた。
「……ったく……情けねぇ……。起きて早々にこのザマか」
 顔を腕で隠しつつリオが呟くと、アリアは笑みをこぼす。
「そう思うなら、今後はもっと注意をする事だな」
 そう声を掛けられリオが扉の方を見ると、ロイが扉に寄り掛かり腕を組んでいた。
「あんたがオレを助けてくれた薬師さんか。手間をかけた」
 リオが決まりが悪そうに身体を起こすと、ロイは呆れ気味に部屋に入る。
「予想以上に魔王の影が仕事熱心だったと言うだけだ。器を取りそこなった事に、少なからず焦りがあるんだろう」
 ロイの言葉にリオとアリアは顔を見合わせ、アリアは首を傾げる。
「……サイアスさんが言ってた……。直前で星が道を反れたって……」
 それにロイは頷く。
「現状を追って説明しよう。全ての始まりは、一人の魔族が死の運命から逃れた事。それにより、お前達が決着を付けられずに止まった星が引き寄せられ動き始めた」
 そこでアリアがリオを見ると、彼は黙ったまま険しい表情で視線を落としていた。
その姿にアリアは何も言えずに俯く。そんな二人の様子を気にする事も無くロイは窓へと歩み寄る。
「器に相応しい魔力を持つ魔族が生き長らえ、それに反応して魔王の影も動き出した。
鍵を手に入れると同時に、器を手に入れ魔王が復活する……それが星が動いた時に定められた事。
だが……シャノンには僅かな星の揺らぎも見えていた。そして、自身が運命の道を変える最初の星だと言う事も」
 そこで、ロイは小さく溜息をつく。
「結果、影は器を取り損ね、星が複雑に動き始めた。だからこそ……今度こそ魔王を倒す機会になりうる。同時に、別な結末を導く可能性もある」
 そこまで話を聞いて、リオはふと浮かんだ疑問にロイを見た。
「そのシャノンって占星術士は……自分の死も視えていたのか?」
 すると、ロイは目を閉じる。
「勿論、そうだろうな。自身が命を落とす……だが、その前に星が動き出した事……事の始まりを要となる者達へ伝える事が、星の軌道を変える最初の一歩になると。事実、星は道を外れ、結末は不確定となった。それをどう選ぶのか……それはお前達次第」
 ロイの言葉に二人は顔を見合わせる。
「ま、今日くらいは大人しくして体力を回復させる事だけ考えろ」
 そう言ってロイは軽く手を振り、部屋を出て行った。

 ……大人しくと言われても、黙ってベッドで寝ているのは落ち着かず、リオは立ち上がると軽く身体を動かしてみる。あの日、影から受けた傷は少し痛みを感じるものの気にならない程度になっていた。
「……薬師って言ってたけど、ロイ先生はそれだけじゃない気がする……」
 リオの様子を見ながらアリアは呟く。浜辺に残されていた血痕を考えるとかなりの深手だった筈。
癒しの術を使ったとしても二日程度でここまで回復させられるのは、かなりの力を持つ術師である証拠でもあった。
その時、リオは外で剣を振る剣士の姿に気が付く。
「あれ……? あいつって……」
 その声にアリアも外を見て頷いた。
「うん、港町で会った人。クライヴさんって言うんだって。ロイ先生と知り合いだったみたい」
 するとクライヴも二人の視線に気が付いたのか、剣を降ろし窓辺に歩み寄る。
「おう、ようやくお目覚めか。だから注意しろと言っただろうが」
 呆れ気味に肩をすくめるクライヴにリオは苦笑した。
「……しかし、こんなにもアッサリと姿を見せるとは……やはり魔王を倒したお前達を危険視していると言う事か……」
 少し考え込み呟いたクライヴに、リオは眉をひそめる。
「あんた、あの橋で感じた気配は影だと気が付いてたのか?」
 リオに問いかけられ、クライヴは顔を上げた。
「まぁな。シャノンが死んだ時、その場に残されていた魔力と同じ気配だった……と言うだけだが」
「クライヴさんは……シャノンさんの仇を討つために魔王の影を?」
 クライヴの話を聞き、感じた事をアリアが問いかけると、彼は湖に目を向ける。
「あいつは自分が魔王の影に殺される事は避けられないと言った。だが……もし、そこで影が消えるまで生き長らえる事が出来たならば。その運命が変わるかもしれない……ともな。
運命を受け入れつつも、生きたいと願ったあいつの想い……そして、その命を摘み取った影だけはオレの手で倒してやりたいんだ」
 そう言って拳を握りしめた後、空を見上げ息を吐くとクライヴは振り返る。
「だが、奴もそう簡単に姿を見せる程、馬鹿じゃない。だからオレも……お前達の旅に同行させてくれ。今回の件で確信が持てた。影はお前達を危険視している。今後も狙って来るはずだ」
 その言葉に少し間を置き、リオは頷き手を差し出す。
「オレ達も目覚めたばかりで今の世界じゃ分からない事も多い。こちらこそよろしく頼むよ」
 そう言ってリオが笑みを見せると、クライヴは小さく頷きリオの手を握り返した。
その後、手合わせを始めた二人をアリアが見ていると、後ろから溜息が聞こえる。
それにアリアが振り向くと、腰に手を当て目を閉じるロイの姿があった。
「……黙って寝ていられないだろうとは思っていたが……手合わせを始めるとは……」
 眉間に皺を寄せ首を振るその姿にアリアが苦笑すると、ロイは窓に歩み寄り外に向かって手を叩く。
それに気が付いたリオとクライヴは、窓辺に立つロイの姿に手を止めた。
「……この馬鹿が。起きて早々に激しい運動をするヤツが居るか。クライヴ、お前もだ。何を付き合ってるんだ」
 ロイの小言に二人は顔を見合わせ、気まずそうに視線を逸らす。
「ったく……黙って寝て居ろと言った私にも非はあるか。予定を早めるぞ、さっさと中に戻ってこい」
 そう言ってロイはリオとクライヴに戻るように促した。
二人が館の中に戻ると、応接用のソファに足を組んで座ったロイが待っていた。
その様子に思わず立ちすくむリオを、ロイは軽く一瞥する。
「何を突っ立っている。座れ」
 リオは多少、棘のある言葉に気圧されつつアリアの隣に座り、クライヴも席に着いた所で口を開く。
「今後の事についてだが……お前達は当初の予定通りネプトアトルのベアトリスの元へ行け。
今起きている事……全体的に把握しているのは彼女だろうからな」
「しかし、その為の道はどうする? シャノンが居ない今、遺跡の門は使えないんじゃないのか?」
 ロイの言葉を聞きクライヴが問いかけると、ロイはソファに深くよりかかる。
「シャノンがそうだった、と言う事は兄である私もそうだと言う事だ。道は私が繋いでやる」
 その言葉にリオとアリアが顔を見合わせると、ロイは僅かに微笑む。
「私達、兄妹は有翼種だ。ただし、双子であったが故に不完全でな。翼を持たぬ代わりに一部の能力に特化していた。私は同調する力、シャノンは星読みの力がな。古代人の魔力は有翼種と同質……だから、古代人の遺した遺跡の道は繋げられるから安心しろ」
「……その遺跡の門は、古代人しか繋ぐ事は出来ないんです?」
 アリアが首を傾げ問いかけると、ロイは目を閉じる。
「開けない事は無い。だが、その為には複雑な文様を組んだ術式が必要となる。そう簡単に繋げられるものではない」
 そうは言ったものの、ロイの脳裏には一人の人物が思い浮かんでいた。
あいつならば……簡単に道を繋ぐだろうが……むしろ、その方が都合が良い。
「ま、そう言う事だから、お前達はネプトアトルを目指せ」
 少し間を置き、口を開いたロイの言葉にリオは黙って頷いた。

 その日の午後、山の麓にある遺跡に四人の姿があった。
遺跡の中央にリオとアリア、クライヴが立った時、ロイは目を閉じ口を開く。
「さて、今から転送してやるが……一つだけ伝えておこう。今回の旅で、以前には見えなかった事象が見えて来るだろう。その中にある本質を見誤らないように……自分の目で見て、考えろ」
「それって……」
 リオが問いかけようとするとロイは微笑し、遺跡の上空を彼の隼が旋回する。
すると三人の足元から光が立ち上り、ロイの姿は光に紛れて見えなくなる。
そして、その姿が完全に見えなくなろうとした時、ロイが一言……呟くのが見えた。
 周囲の光が次第に治まり、ゆっくりと目を開くと目の前に白亜の神殿が建つ広場へと転移していた。
「……変わらないな。ここは……」
 ポツリと呟いたクライヴにアリアは首を傾げる。
「クライヴもここを知ってるのか?」
 リオの問いに、クライヴは首筋を掻く。
「クライヴは元々、ここの守衛隊長だったんですよ」
 そこで、神殿の方より女性の声が聞こえ三人がそちらに目を向けると、神殿の前に一人の女性が立っていた。その姿にクライヴはひざまづく。
「……お久しぶりです。ベアトリス様」
「クライヴ、そんな堅苦しい事は無しにいたしましょう。リオ、アリア、再びここに戻って来てくれて……また会えて嬉しいわ」
 ベアトリスと呼ばれた女性は、そう言ってリオとアリアに微笑んだ。
「……トリスはずっとここで……?」
 リオが問いかけるとベアトリスは静かに頷く。
「この地で……今は古代人と呼ばれるようになった皆と共に、陽鴉と月華の祭壇への入口を守る。それが私の役目ですから」
 そう言って穏やかに微笑むベアトリスの姿に、アリアは何も言えずに俯いた。
ベアトリスはリオの兄であり……今は魔王の依り代となってしまったルークと恋仲だった。
もし……あの時、魔王をちゃんと倒せていれば……すぐにルークの傷の手当てを出来たならば。彼女もまた、違う道を歩んでいたのかもしれない。
「……アリア、気にしないで。貴女達は魔王を倒した、それは確かな事。事実、世界は魔王の支配から解放され……今がある。いつまでも立ち話もあれですから、中にお入りなさい」
 そう言ってベアトリスは歩き出し、三人はその後に続く。
神殿の内部は神聖な空気に包まれ、その昔、旅の途中で立ち寄った時と変わらぬ風景がそこにあった。
そんな中、三人がベアトリスに案内され通されたのは、女神像のある信託の間では無く、水晶の柱がある小部屋だった。
「魔王の影が動きを活発化させた訳……それは鍵と、器に相応しい魔力の持ち主が現れたからです」
 その言葉にリオは少し考える。
「守人のサイアスも、シャノンの兄貴のロイも同じ事を言ってたな。一人の魔族が運命を変えた事で星の道が変わった……って」
 それにベアトリスは頷く。
「その御方も複雑な運命の方です。一度、運命が変わったが故に様々な星を引き寄せる……」
 ベアトリスはそう言って水晶の柱を見上げ柱に手を当てる。
「魔王が目覚めるのは緋月の時。……影が月を食らう月蝕の時。次に月蝕が起きるのは半年後。
そして、その日は貴方達が魔王を倒した時以来の完全な緋月が現れる時と重なります」
「魔王の影はその日に合わせて、魔王を完全復活させようとして活発化した……?」
 アリアが呟くとベアトリスは目を閉じる。
「その通りです。しかし、同時に魔王への道を開く事が出来るのも緋月の時なのです。
緋月が現れる前兆として赤い忘華が芽吹くでしょう。それまでに、貴方達は道を繋ぐ為の鍵を手に入れなければなりません」
 ベアトリスはそう言って振り返る。
「各地の祭壇を回り、守護の力……聖霊石を受け取って来てください。そうしたら再びこの地へ……。
守護の力を束ね、闇の障壁を打ち消す鍵を作ります」
 そこでリオは机に広げられた地図に視線を落とす。
「……半年で六ケ所か……以前よりは楽に回れるだろうけど……」
 そう呟き地図を見つめ思案した後、アリアとクライヴの方を見た。
「ここは二手に分かれよう」
 その言葉にアリアは驚いてリオを見た。
「ここは丁度、世界の中間だ。だったら二手に分かれた方が早いだろ? クライヴはアリアと一緒に行ってくれ」
「それは……確かにその方が早いだろうが……そうすると、魔王の影がお前の方に現れた時はどうするんだ。一人で捌き切れるのか?」
 クライヴが問いかけると、リオは肩をすくめる。
「ま、その時は何とかなるだろ。と言うか、それぐらい対処出来なきゃ魔王を倒せるはずも無い……違うか?」
 その答えにクライヴは呆れたように首を振る。それに笑って見せリオはアリアを見た。
「アリア、祭壇への道を開けるのは陽の涙を受けたオレ達だけだ。だから……」
「分かってる。……もう、そうと決めたら人の意見も聞かないんだから。」
 リオの言葉を遮りアリアは大きく溜息を吐く。そして、顔を上げるとリオの頬を両手で包み込んだ。
「絶対に無理しないで。魔王を倒すのも、ルークを助けるのも……リオが居ないとだめなんだからね」
 そう言って自分を見つめるアリアに、リオは笑みを見せると彼女の手を取る。
「心配すんな。この前みたいなヘマはしないさ。そっちこそ気を付けろよ」
 リオはそう言ってアリアの頭を軽く叩き、机の上の地図を見回した。
「……大陸に大きな分断とかはないか。二人は東の大陸を回ってくれ。風、水、氷の三か所を頼む。オレは西側に向かう。守護の力を受け取ったら……そうだな、ロイの所で良いか。そこで合流しよう」
 リオの言葉にアリアとクライヴは黙って頷いた。


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