白い砂浜に一羽の隼が舞う。
暫くして何かを見つけたように旋回し来た方向へと戻ると、後ろから姿を見せた白衣の男の腕に舞い降りる。
「……やれやれ、シャノンの星視の通り……星が動き出したか」
黙って隼を見ていた白衣の男は小さく溜息を吐き、空を見上げる。
「ならば……私もそれに答えてやらねばな」
そう呟き、男は砂浜を歩き出した。
日が落ち辺りが夕闇に包まれた頃、先を歩いていた竜族が足を止め周囲を見回す。
「……今日はここまでだ。休むぞ」
そう短くアリアに声をかけ、荷物を解き始める。
「え……でも……!」
「焦って夜に行動する方が危険だ。夜は向こうが有利になる。心配するな、あの魔道士の魔力はこちらには来た痕跡が無い」
竜族の言葉にアリアは黙って頷いた。
不安を押し殺し焚火を見つめるアリアに、竜族はスープの入ったカップを差し出す。
「あ……ありがとうございます」
そこで、アリアは何も手伝っていない事に気が付き、慌てて周囲を見る。
その様子に竜族は呆れたように肩をすくめた。
「気にするな。仲間の安否が分からん状況で何かをしろと言っても手に付かないだろう」
そう言って、竜族は剣を抱えて木に寄り掛かるように腰を下ろし、アリアはそれに何も言えずにカップに口をつけた。素朴ながら優しいスープの味に、不安が溶けて行くように心が少し軽くなる。
そこでアリアはふと気が付き竜族を見た。
「……助けていただいたのに、まだ御礼も言っていませんでした……。危ない所を助けていただき、ありがとうございました。私はアリアンナと申します。お名前を伺っても……?」
礼を言いアリアが恐る恐る問いかけると、竜族は彼女の様子に肩をすくめる。
「ベルンハルトだ」
短く答え、ベルンは焚火に薪を放り込む。
「ベルンハルトさんは……あの魔道士を追って?」
再び問いかけるとベルンは焚火を見つめる。
「そうだ。クランの仲間が奴に襲われ、一人が攫われた。少しでも手掛かりを見つけて帰らんと、自分の身体の事も考えずに探しに出ようとする馬鹿が居るのでな」
そこで言葉を切ったベルンの様子に、アリアは首を傾げた。
「……後悔……されてるんです?」
アリアが問いかけると、ベルンは目を閉じ息を吐く。
「……死なせなかっただけでも……上出来だったと言うべきなのだろう。だが……いや、これ以上は何を言っても言い訳にしかならんな。それを飲んだらさっさと寝ろ。明日は早いぞ」
そう言って話を切ったベルンにそれ以上は何も言えず、アリアは黙って頷いた。
翌朝、アリアが目を覚ますと既に荷物がまとめてあり、慌てて飛び起きる。
周囲を見回し、海岸沿いの崖に立つベルンの姿を見つけアリアは立ち上がった。
ひんやりとした海風が吹き抜けアリアは思わず目を閉じる。
「起きたのか。もう少し休んでいてもいいぞ」
その声に顔を上げると、ベルンが少しだけアリアを見て直ぐに海へと視線を戻す。
「何をしていたんですか?」
アリアが問いかけるとベルンは海を見たまま口を開いた。
「そろそろ、白蓮が戻って来るのでな」
すると、その言葉とほぼ同時に崖下から吹き上げる風に乗って白鷹が一気に舞い上がって来る。
そのまま二人の頭上を旋回し、今度はゆっくりと羽ばたき近くの岩場に舞い降りた。
「どうだった?」
ベルンが問いかけると、白蓮は軽く羽ばたく。
『もう少し先に崖下の砂浜に降りられる道がある。その先の砂浜に血痕が残されていた』
「姿は無かった……か。と言う事は自力で動けたのか、それとも……」
白蓮の言葉にベルンが考え込むと、白蓮は話を続ける。
『その浜辺の近くに占星術師の住む小屋がある。主殿が世話になった方の住処だ。そこに行くべきではないか?』
それを聞き、ベルンは少し驚いた顔をした。
「……そうか、お前が知っている人物ならば話が早いかもしれないな。分かった、そこに向かおう。案内を頼む」
白蓮に声をかけベルンは振り返ると、不安気な表情で様子を見ていたアリアの姿に肩をすくめた。
『浜辺に死臭は無かった』
羽ばたき白蓮が言った言葉に、ベルンは溜息を吐く。
「もう少し、気を遣うと言う事を覚えろ」
ベルンにそう言われ、白蓮は不思議そうに首を傾げる。
「自分の言葉を聞いたヒトがどう思うのか……そこまで考えろと言っているんだ。余計な面倒事にならないようにな」
そう言ってベルンは崖を離れ歩き出し、白蓮は首を傾げたままベルンを見ていた。
小一時間程経ち日が昇った所で出発した二人は、白蓮に先導され崖下の砂浜へとやってくる。
その中程で、波打ち際に微かに残る血痕を見つけベルンは膝を付いた。
「ここに流れ着いたのは間違いないか」
ベルンが砂に残る血を確かめ立ち上がると、白蓮は林の方に飛んでいく。
それにベルンは後ろで不安そうな顔をしているアリアに黙って頷き、林に向かい歩き出した。
林の小道を抜けた所で小さな湖が姿を見せる。
穏やかな波もない水面は水鏡のように空を映し出し、その湖の先にある小高い丘に一軒の小屋が立っており、白蓮はその小屋を囲う柵へと舞い降りた。
二人が小屋に近づいた時、扉が開き中から白衣の男が姿を見せる。
「……そろそろ来る頃だと思って居たぞ」
その姿を見たベルンは怪訝そうな顔をした。
「……お前はブランネイジュの薬師? どうしてここに……」
「お知り合いです?」
二人の様子にアリアが首を傾げると、薬師は肩をすくめ、二人を小屋の中へと招き居れる。
通された先は占いや占星術に使う道具が綺麗に並べられ、薬師の彼とはイメージが結びつかない。
「ああ、これは以前ここに住んでいた占星術師の物だ。気にするな」
アリアのそんな視線に気が付いたのか、薬師は短く答え奥の部屋に進む。
そして、扉を開くと中へ入るようにアリアに目配せをした。
アリアは中に入ると、ベッドに横になるリオの姿に近くへ駆け寄った。言葉無くリオの頬を撫でるアリアの姿に薬師は目を細める。
「安心しろ。出血の割には大した傷じゃない。明日にでも目を覚ますだろう」
薬師の言葉にアリアはやっと安堵した表情を見せた。
リオの無事を確認し、アリアも落ち着きを取り戻した様子に、ベルンは黙って部屋を後にする。
「何だ、何も声をかけずに行く気か?」
外に出た所で薬師に声をかけられ、ベルンは立ち止まり薬師を見た。
「……ここまで来たのは、何も分からん状態で一人取り残された娘が居たからだ。相方と今後の事を面倒見てくれる奴が居るならば、私は本来の目的に戻るだけ。それでなくとも、早めに戻らんと勝手に居なくなる馬鹿が居るしな」
ベルンの言葉に薬師は苦笑する。
「……一つだけ伝えて置く。お前の主、闇司祭は魔王の器として呪印を付けられた。魔族の奴が魔王の呪いに抗うのは並大抵の精神力で出来る事じゃない。まあ、奴の事だ。自分一人でも抑え込むのだろうが……その時が一番危険だ。魔王の影もその隙を狙っているだろう。だから……護りであるお前が引き留めてやれ」
薬師の話を黙って聞いて居たベルンは目を閉じ、拳を握りしめる。
「言われるまでも無い。護るべき者を失う失態を……二度と繰り返すものか」
過去を思い出す様に呟くベルンの姿に、薬師は眼鏡を正す。
「お前達の進む道……それは魔王と対峙する事になるだろうが……呪印を刻まれたままでは、いかに闇司祭と言えども確実に命取りになる。その時までにはシャノンの遺した手がかりを元に対処法を見つけて置く」
薬師の言葉にベルンは訝しげに薬師を見た。
「何故、お前がそこまでする?」
ベルンの問いに薬師は微笑する。
「自分と同じ魂を持つ妹が、その命と引き換えに動かした星の道……その先にある結末。それに辿り着く為に託された願いを叶えてやりたいと思うのはおかしな事か?」
「……すまん。余計な事を言った」
少し気まずそうに視線を逸らしたベルンの姿に薬師が肩をすくめた時、奥の部屋からアリアが慌てて外へと出て来る。
「……良かった、もう行ってしまったかと……」
ベルンの姿をみてアリアが安堵した顔をし、その姿にベルンは首を傾げた。
「ベルンハルトさんには寄り道だったのに……ここまで連れて来て貰ってしまって……ありがとうございました。あと……少し聞こえたのですが……これを、呪印を刻まれた方に渡してください」
アリアはそう言ってアミュレットを差し出した。
「白光のアミュレット。前の旅に出る時に、陽鴉の守護者から魔王の魔力の干渉を防ぐとして渡された物です。以前ほどの力は無いかもしれませんが……呪印が起こす干渉の頻度を抑える事ぐらいは出来る筈です。きっと、これが今、必要なのは……ベルンハルトさんが護りたいと思ってる方だから」
それを受け取り、ベルンは目を閉じる。
「……助けたつもりが、助けられたのは自分の方だったか……。有難く受け取って置く」
ベルンの返事にアリアは嬉しそうに微笑む。
「陽と月が姿を隠す時……新月の夜だけは抑えきれないかもしれません。その日だけは……気を付けて下さい」
「さっさとそれを闇司祭に届けてやるんだな。こいつ等の事は任せて置け」
アリアの話に続けて薬師が笑みを見せ軽く手を振ると、ベルンは頷き、白蓮と共に転移魔法で姿を消した。
ベルンが去り、二人がリオの寝ている部屋に戻った時だった。
「ロイ、居るか?」
入口が開く音と共に呼びかける声が聞こえた。
「……やれやれ、今日は来客の多い日だな」
アリアが薬師の方を見ると、彼は面倒くさそうな顔を見せ部屋を出て行く。
「……もう少し静かにしろ。患者が居る」
薬師の咎めるような声の後に小さく謝る声に、ふと聞き覚えがある事に気が付き、アリアは部屋から顔を出す。すると、そこには港町の酒場で出会った剣士の姿があった。
剣士の方もアリアの姿に気が付き驚きの声を上げる。
「……何だ。すでに顔見知りか?」
二人の様子に、薬師は腰に手をあて溜息を吐いた。
「改めて自己紹介をしておこう」
場所を玄関から占いの品がある部屋へ移し、ソファに座り薬師が口を開く。
「私の名はロイ。薬師だ。ここの館の主だった占星術師シャノンは私の実妹でな。訳あって今はここで暮らしている」
ロイはそう言って、剣士に話をするように促す。
「名はクライヴ。見ての通り剣士だ」
ぶっきら棒に名乗り口を閉ざしたクライヴに、ロイは肩をすくめて溜息を吐く。
「もう少し言う事もあるだろうが。……ああ、お前達の事はシャノンから聞いて居る。魔王を倒した者達……陽の涙を受けし者だとな」
ロイに話を振られ、アリアは少し考え二人を見る。
「あの……占星術師のシャノンさんは……」
その問いに二人は顔を見合わせ、クライヴは視線を逸らしロイは目を閉じる。
「今はもう居ない。お前達が目覚める少し前に……魔王の影に殺された」
ロイの答えにアリアは言葉を失う。
「詳しい話はリオが目覚めてからの方が良いだろう。一先ず、私とクライヴはお前達の協力者だと思ってくれて構わない」
そう言ってソファにもたれ掛かり、ロイは笑みを見せた。
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