Eclipse-緋月忘華-
Chapter1

月を想い陽が流した涙は生命を司る大樹に落ち、大樹はその想いを子らに伝える。

 風が大樹の梢に騒めき、朝露がまるで涙の様に降り注ぐ。
その大樹の根元……地下深くにセレネの祭壇へと続く洞窟がある。
淡いエーテルの光が照らす洞窟の中で、何かを護る様に包み込む大樹の根に触れ、一人のエルフは目を閉じる。
「……大樹が告げた。2人が目覚めると」
 そう呟き振り返ると、後ろに立つ女魔導士を見る。
「貴女がここに来たと言う事は、その時だと言う事なのだな」
 その言葉に女魔導士は頷く。
「ネプトアトルから使者が来た。2人を待ってるってね」
 女魔導士の言葉にエルフは大樹の根に手を当て呪文を唱えると、絡み合っていた根が解け、その中に眠る青年と少女の姿が現れた。
「……2人を貴女に任せよう。導いてやってほしい。私は守護者として……今はこの地を離れる訳にはいかない」
 そう言って目を伏せるエルフの姿に女魔導士は頷いた。
「確かに引き受けた」
 そして、その場に居た白銀の髪をした魔族を見る。
「あんたも一緒に来な。魔王の影……その足取りを掴みたいんだろう?」
 そう言って笑みを浮かべ手を差し出す女魔導士を黙って見つめた後、魔族は彼女に歩み寄り、
それに頷き女魔導士が印を切ると、エルフを残し4人は洞窟より姿を消した。


 悪い夢だと思いたかった。
月華の闇の力を手に入れ、その魔力を持って世界を支配した魔王。
時を忘れる程の戦いの末、双子の兄・ルークが魔王の心臓を貫いた。
しかし、またルークも魔王の一撃を受けて共に倒れる。
魔王の身体が闇に溶け消え、全てが終わった。……筈だった。
次の瞬間、闇がルークに纏わりつき動ける筈の無い兄はゆっくりと立ち上がる。
その彼が放つ魔力と自分の中に感じる不快感に、魔王がルークの身体を乗っ取ったのだと理解するのに時間は必要が無かった。
既に力を使い果たしていた自分達の状況に、エルフの魔道士・ユリアスが守護の力を使い魔王をルークと共に封じ込めようとするのが分かる。
その時間を稼ぐために魔王と剣を交え、ユリアスに気が付かない様に注意を引き付けた。
しかし……既に体力も限界に近かった自分の身体を魔王の剣が貫く。
そのまま自分を持ち上げ剣を捻ると、魔王は冷酷な笑みを浮かべる。
「……どういう気分だ? 弟の血を全身に浴びると言うのは」
 魔王は伝い落ちる血に濡れる事も気にせず口を開く。
その言葉は……まだ、魔王の中にルークの意識がある事を示していた。
流れ出る血と共に体の力が奪われていくのを感じつつ……何とか彼の腕を掴むと笑って見せる。
……何と声をかけたのか、覚えてはいない。
次の瞬間、床に放り出され、見上げた先に身体を抱え込むルークの姿が見えた。
顔に手を当て苦しそうに息を吐き、ルークは顔を上げる。
「私は……どうなっても構わない。リオ……死に急がないで……。」
 その言葉と同時にユリアスの術が完了し、水晶の棺がルークを封じ込めた。

「……放って置ける訳……ないだろ……。」
 呟いた自分の声で青年は目を覚ます。
周囲を見回し、どこかの館の一室でベッドに寝かされて居るのだと気が付く。
「リオ?」
 名を呼ばれ、その方向に顔を向けると入口に立つエルフの少女……旅の仲間だったアリアンナの姿が見えた。
「……アリア……ここは何処……」
 話きる前にアリアはリオに駆け寄り抱きしめ、状況が理解できずにリオは狼狽える。
「ど……どうしたんだよ?」
「良かった……気が付いてくれて……。傷は癒えてたけど、目覚めなかったらどうしようって……」
 そう言って涙を流すアリアの姿に、リオは何と声を掛けたら良いのか分からず、彼女の背を叩く。
「まあ……私から言わせたら、目覚めない方が良かったのかもしれないけどねぇ」
 その声に顔を上げると、部屋の入口の壁に寄り掛かる女魔導士の姿があった。
「目覚めたって事は……あんたがやらなきゃいけない事、分かってるんだろ?」
 そう問いかけられ、リオは胸に手を当て黙って頷く。
「ユリアスが……仲間が封じた魔王が目覚める。……今度こそ決着を付けなきゃいけない」
 リオが呟くと女魔導士は溜息をつく。
「身支度を整えたら水晶の広間においで。場所はアリアに教えてあるよ」
 そう言って、彼女は部屋を出て行った。

 身支度を整えた後、リオはアリアに案内され女魔導士の言っていた水晶の広間へとやって来る。
そこには巨大な水晶の柱が中央にあり、淡い光が天井から差し込んでいた。
「目覚めたようだな」
 2人が広間に入ると、水晶の前に立っていた黒髪の男が振り返る。
「まずは自己紹介をしておこう。私の名はサイアス。この世界の守人の一人だ。それと……」
 サイアスが隣に視線を向けると、先程の女魔導士が笑みを見せた。
「イルヴァだ。私も守人だよ。サイアスが余り外に出れないから、専ら外回りは私の仕事だね」
 イルヴァの言葉にリオが首を傾げると、彼女は肩をすくめる。
「見ての通り、サイアスは半病人なんでね。その代わりに頭を使うのが彼の仕事なのさ」
 そう言ってイルヴァがサイアスを見ると、サイアスは苦笑した。
「私は自分が出来る事をやるまでだ。さて……リオ、アリアンナ。君達をここに呼んだのは、これから起こりうる事を伝えるためだ」
 そして、サイアスは水晶を見上げる。
「星は告げていた。闇の手に光が堕ちる時、魔王は新たな器を手に入れ蘇る……と」
 その言葉に2人は顔を見合わせる。
「もし……そうなって居たならば、この世界は再び狂気が支配する事となっていただろう」
「もし、だろう、と言う事は……何かが変化したんです?」
 サイアスの言葉に違和感を感じアリアが問いかけると、彼は振り返る。
「その通り。星は直前で道を反れた。魔王の封印は解けずに暫しの猶予が出来た。……だからと言って楽観視は出来ない。ネプトアトルのベアトリスが君達を呼んで居る。まずはそこを目指すと良い」
 その言葉に2人が頷くと、イルヴァがリオに布に包まれた一振りの剣を手渡した。
「……! この剣は……」
 布を取り現れた剣にリオは黙り込む。
竜の意匠が施された神剣。……それはリオの双子の兄、ルークの物だった。
そして、この剣は神剣に宿る神竜に認められた者以外は抜く事の出来ない代物だった。
「魔王が封印された後、門の前に落ちていた。いずれ……必要になる時が来るだろう。私が言える事はそれだけだ」
 そう言ってサイアスは口を閉ざし水晶を見上げた。

 その後、2人はイルヴァの魔法でレアヌーク王国に属する港町テオトールへとやって来る。
「さて、私が送ってやれるのはここまでだ。あんまり私等守人が動くと影に気が付かれるからね」
 イルヴァはそう言って肩をすくめて見せる。
「けして、無理だけはするんじゃないよ」
 その言葉を残してイルヴァは転移魔法で姿を消し、2人はテオトールへと足を踏み入れた。
レアヌーク王国の玄関口として開かれた港には多くの船が停泊し、桟橋は多くの人が行きかう。
魔王との闘いからどの位の年月が経ったのだろう……。
一見、平和そうに見える町で、二人はこれからの旅に必要になるだろう薬や地図等を買い、その後に遅めの昼食を取るため冒険者の酒場へと立ち寄った。
 カウンターに近い壁際の席で二人は地図を眺めつつ、ネプトアトルへの道を確認していた時だ。
酒場の主人と話をしていた男が振り返り、リオが壁に立てかけて置いた魔剣に目を止め立ち止まった。
「……随分と危ない得物を持ってるな。……魔剣か?」
 声を掛けられリオが顔を上げると、そこには黒髪の剣士が立っていた。
その隙の無い立ち姿に、リオは剣士がかなりの腕前である事を感じつつ肩をすくめた。
「……まぁな。ずっと共に戦って来た相棒だ」
 はぐらかす様にリオが笑って答えると、剣士は二人が広げた地図を見て、少し考える様に思案する。
「……ネプトアトルに行くんなら海峡の大橋を渡る事になる。が、気を付けるんだな。最近、あの付近に妙な気配が潜んでやがる」
 その言葉に二人が顔を見合わせるのを気にする様子も無く剣士は給仕を呼び、金を渡す。
「こいつらの分だ。釣りはお前が取って置け」
「え、な……」
 給仕は嬉しそうに頭を下げ離れて行き、慌てるリオとアリアに剣士は微かに笑って見せる。
「お前達とはまた会う事になる気がする。じゃあな、くれぐれも気を付けろよ」
 そう言って剣士は軽く手を上げ酒場を出て行く。
突然の展開にリオが呆然としていると、アリアはポツリと呟く。
「……あの人の纏うエーテル……何だか私達と同じ感じがする」
 首を傾げるアリアの様子にリオは剣士の出て行った入口に目を向け、そのまま椅子に腰かける。
「あいつが他人に気を止めるとは……珍しいな」
 その声に二人がカウンターの方を見ると、グラスを磨いていた小太り気味な酒場のマスターが笑みを見せた。
「……あの人は……?」
 アリアが問いかけるとマスターは目を伏せる。
「名はクライヴ。この辺を中心に活動している称号持ちの冒険者だ。ただ、常に一人で行動するヤツでね。今みたいにヤツから他人に声をかけるなんて殆どない。特に最近は……尚更な」
 マスターの歯切れの悪さに二人が顔を見合わせると、マスターは苦笑する。
「ま、色々あるって事だ」
 そう言われ、二人は首を傾げた。

 昼食後、二人はテオトールを出て砂漠の中に整備された街道を進む。
今はきちんと石が敷かれたその道は、二人が旅をした当時は荒れ果てた……辛うじて道だと分かる状態だった。
その変化に年月の流れを感じつつ進んでいくと、やがて道の両側に背の低い木々の茂みが増え始めその先に海峡に架かる石橋が見えてきた。
「……あれが酒場で言われた橋かな?」
 アリアが呟くと、リオは周囲を見回す。
「確かにネプトアトルに行くにはここしか道が無い……か。テオトールからは船は出てないって言ってたし、行くしかないな」
 そう言ったリオにアリアは頷くと、二人は海峡の大橋を渡り始めた。
橋は海風が強いものの、特に変わった様子は無い。それでも二人は無言のままに歩く速度を上げ、中程にある小島まで来た時だった。
不意に海を渡る風に言いようの無い不快感を感じ、二人は顔を見合わせる。
次の瞬間、二人を突風を襲いアリアが周囲に障壁を張って受け流す。
『……おや……気が付かれましたか』
 その声と共に橋の欄干に黒いローブを纏った魔道士が闇の中から姿を現した。
その魔道士が放つ魔力にリオは眉をひそめる。
「……お前……その魔力……」
 リオが呟くと魔道士は小さく笑う。
「流石に気が付きましたか。やはり、かつて我が主を屠った者達ですね」
 その言葉に二人が身構えると、魔導士は口元に笑みを浮かべた。
「ようやく主の為に鍵を手に入れたんだ。器を取り損ねたのは誤算だったけれど。だからこそ……」
 そこで魔道士の口元から笑みが消え、放つ雰囲気が殺気を纏う。
「邪魔はさせないよ」
 それと同時に魔道士が手を払うと闇の塊が現れ、それは漆黒の影の鳥へと姿を変えた。
影の鳥は大きく羽ばたき、二人を突風が襲う。
アリアが障壁を張り突風を防ぐが、周囲の木々が風に煽られ枝がまるで刃物で切断されたかのように切り落とされ飛ばされて行く。
その時、不意に感じた違和感にリオはアリアを突き飛ばす。
「リオ……何を……!?」
 驚き顔を上げたアリアが見たものは、先程まで自分が立っていた場所に突き刺さった漆黒の槍と、自分を突き飛ばした事で回避が遅れ、槍で肩を貫かれて崖から転落したリオの姿だった。
「リオ!!」
 アリアは慌てて崖下を覗き込むが、下は潮の流れが速い海峡が広がっていた。
「……これは失敗……海に落ちては確実に殺せたのか確認出来ない。仕方がない、彼は後で探すとして……まずは君の死を確かめるとしよう」
 そう言った魔道士の声にアリアは杖を両手で握り身構える。その姿を嘲笑うかのように魔導士が手を払い、影の鳥がアリアに襲い掛かる。
次の瞬間、影の鳥を雷が貫き影の鳥は霧散し消滅した。
突然の事に魔導士が空を見上げると、白い大鷹が魔導士に襲い掛かり、アリアから間合いを広げると、そこを狙ったかの様に竜族が翼を畳んで急降下し魔道士に切りかかる。
「……当たりだったようだな」
 短く呟きアリアの前に竜族の騎士が舞い降り、二対の翼を持つ竜族の介入に魔導士は舌打ちをすると、そのまま闇に溶け込み姿を消す。
この場から完全に魔導士の気配が消えた事を確認し、竜族は剣を納めた。
「古代……竜族?」
 目の前に立つ竜の角と翼を持つ竜族の姿にアリアが呆然と呟く。古代上位エルフ達よりも先の時代を生き、姿を消したと言われる種族。
魔王討伐の際に世界を歩いた時でも、アリアは目にした事は無かった。
 唖然とするアリアの視線に気が付き、竜族は直ぐに角と翼を隠すと、ちらりと彼女に視線を向ける。
「その魔力の波長……樹の守護者の仲間か。もう一人はどうした? 一緒ではなかったのか?」
 竜族にそう問いかけられ、アリアは慌てて崖下を覗き込み、その様子に状況を察した竜族は白鷹を見た。
「白蓮、もうひと仕事だ。ここの海流はナナウ山方面に流れている。先行して古代人の小僧の痕跡を探してくれ。あの魔道士も追っている可能性がある。油断はするな」
『……承知』
 竜族の言葉に白蓮と呼ばれた白鷹は、短く返事をすると空へと舞い上がった。
呆然としているアリアに竜族は近づくと、手を取り立ち上がらせる。
「歩けるか? 連れは怪我を負っているんだろう? 白蓮が向かった先へ進むぞ」
 そう声を掛けられアリアは頷き、竜族と共に歩き出した。


topへ戻る