それは、夢を見ているような感覚だった。
見知らぬ森で周囲が炎に包まれている風景。
呆然と視線を落とし、血に濡れた自分の手を見つめる。
ただ…自分の上げた絶叫だけが響き渡る。
「……っ……!!」
突如、激しい頭痛に襲われた。
グラグラと頭を揺さぶられるような眩暈を堪えつつ頭を押さえる。
…一体…何があった…?
自分の置かれている状況を把握しようと記憶を辿る。
水のクリスタルに光が戻り、世界の時間は動き出した。
ガルーダとティターンに指示を出し…その後は…?
落ち着いてきた眩暈にゆっくりと目を開けると、始めは霞ががっていた視界が次第にはっきり見えてくる。
そこは自室として使っていたシルクスの一室だった。
呼吸を整え顔を上げると、窓の外に雪が舞い始めているのが見えた。
目覚めたのは緑が生い茂る夏の終わりごろだった筈…
全身を襲う酷い倦怠感に溜息をつき、魔杖を支えに立ち上がる。
窓を開けテラスに出ると、ひんやりとした風が頬を撫でる。
その時だった。
風が吹き抜けるのと同時に、見知った魔力の反応が2つ…感じ取れなくなった。
驚き呆然と空を見上げる。
「…ドーガ…ウネ…?2人の魔力が…途絶えた…?」
空から舞う白い雪を目で追い、掌に落ちた雪は溶けて消えていく。
「亡くなった…のか…?」
呆然と呟き、その場に立ち尽くす。
師が亡くなった際に喧嘩別れのようになってしまって以来、会うことは無かった。
2人と対立した訳ではない。むしろ魔族である自分の病を治す為に動いてくれた事に感謝もしていた。
ただ…会わせる顔が無かった。
その時の怒りに任せ師の遺言に逆らいダルグ大陸を出て、退くに退けなくなったのだ。
「…ようやく正気に戻ったか。」
不意に後ろから声をかけられ振り向くと、そこには2対の翼を持つ黒髪の竜人…黒竜の姿があった。
「正気に戻った…とは?」
何となく予想はしていたが問いかけると黒竜は目を伏せる。
「お前のことだ。おおよそは感ずいているだろうが…」
そう前置きをして黒竜から語られたのは、自分の予想していた通りだった。
闇の力が増大してくるにつれ、自分はその力に意識さえも蝕まれ始めた。
次第に暗黒魔道師と何処からともなく聞こえる女の声以外、聞こえなくなっていった。
操られた…と言う事だろう。
「やはり、私は自分の血の本質には抗えなかったと言う事か。」
属性的に闇に近い魔族である以上、闇に魅入られる可能性は非常に高い。
そう言って苦笑する主の姿に黒竜は肩をすくめた。
「その呪縛から放たれたと言う事は、闇を払う力が近づいている、か。」
それに黒竜は黙って頷く。
闇を払う力…クリスタルの啓示を受けし者達。…光の戦士。
そこで微かな振動に視線を向けると、シルクスへ通じる唯一の渓谷から一隻の飛空挺の姿が見えた。
それに静かに笑みを浮かべ、ザンデはシルクスの搭の中へと姿を消した。
土のクリスタルに光が戻り、そして、エウレカの扉が開かれた。
着実に近づいてくる光の足音を感じつつ、ザンデは搭の屋上に立ち空を見上げる。
師は自分に『人間としての命』を遺した。
あの人は自分が力を求めていた事を知っていたにも関わらず…力ではなく時間を自分に遺した。
それは、何を意味するのか。
死は誰にでも等しく訪れるもの…それを『人間としての命』を遺してまで引き伸ばし、自分に伝えようとしたのは何だったのか?
あの人のことだ。質問もその答えも、自分で考えなさいといつもの調子で笑うのだろう。
こんな時、ドーガとウネは何と答えるのだろうか。
「…何故…。」
手を見つめ呟いた時、はるか地下深くに繋がるエウレカから光竜の魔力を感じ取る。
暗黒魔道師は光竜は死んだと言った。しかし、他の聖魔獣達とは違い砕け散らなかった聖魔獣の牙は何を意味するのか。
そこまで考え、今まで如何に自分が考えることを止めてしまっていたかに気がつき苦笑した。
手の届く範囲ならば、己で行動し確認すれば良い事。
魔杖を構え魔力を紡ぐと、次の瞬間…ザンデはその場から姿を消した。
光竜の魔力を辿り転移した先は、天井が崩れ道が塞がれた階段だった。
その上りきった所に転がる妖魔の屍骸にザンデはエウレカの出口方向へ視線を向ける。
先ほどからエウレカを揺るがしている振動は、シルクスとの門が閉ざされようとしているのだろう。
そして、この妖魔は暗黒魔道師が使役していた種類…。
「…暗黒魔道師め…私の動きを封じて好き勝手な事を…。」
そこでエウレカの振動が収まり、周囲に静寂が訪れた。しかし、まだこの地に残る気配がある。
再びザンデは魔力を紡ぐと、エウレカの門へと転移した。
門より少し離れた場所に転移し先を見ると、開いていた筈の門が消え…その前の岩場に座り込む人影が見える。
ゆっくりとその人影に近づいてみると、それは気を失った人間の青年だった。
その心に宿る光…クリスタルの光。
ザンデは無言で青年の首に魔杖を当てる。
このまま魔杖を具現化すれば簡単に首を落とす事が出来る。
そうすれば、光の戦士の力を削ぐ事にも繋がるだろう。……だが。
魔杖を下ろしザンデは首を振った。
意識の無い者を手にかけて何の意味がある?
そこで、ザンデは青年の耳に光る見覚えのある緋色のピアスに目を止めた。
それは光竜が身に着けていたピアスだった。
ピアスから感じる禁呪の残留魔力に、光竜が助けたのは彼だと言う事に気がつく。
何を思い、願い、あの子は青年を助ける為に禁呪を唱えたのか……。
暫く目を伏せた後、ザンデは青年の下に転送陣を描き、魔杖は再びエウレカの門を開いた。
“あんたにとって命って何だ!?生きるってどう言う意味なんだ!”
最後の最後で光の戦士から投げかけられた問いに答えが見つからなかった。
当然だ。今まで考えた事など無かったのだから。
初めて心の奥に引っかかりを覚えたのはドーガとウネが亡くなった後……。
差し伸べられた手を払い失った力を求めた先に……私は何を残せたのだろうか。
人間はその一生が短いからこそ、つねに命の在り方を考え向き合うのだろう。
残された命よりも力を求めた自分に、それを考えさせる為に師匠は『人間としての命』を遺したのでは無かったのか?
『課題に気がついた事に50点…でも、自力で気がついたのではないですから30点って所ですかねぇ。』
不意に闇に覆われていた視界が真っ白に染まる。
光に目が慣れてきた所でゆっくりと目を開くと、そこには静かに笑みを浮かべた師が立っていた。
その姿に視線を逸らすと後ろから大きな溜息が聞こえる。
「……ノア様に何か言うことがあるんじゃないのかい?」
その声に振り向くと、そこには腰に手を当て呆れた顔をするウネと苦笑するドーガの姿があった。
「何故……。」
自分の置かれている状況を理解出来ずに問いかけるとドーガは肩をすくめる。
「お前を置いて先に逝っては、お前が何処に還るか分からんからな。」
「あんたは好きにさせると変な方向に突っ走る危険があるって分かった以上、置いていける訳なんてないだろう。今度は大いなる意思に還るまで、ちゃんと見張っておくからね?」
そう言って詰め寄るウネの気迫に押され思わず後ずさると、ノアは軽く手を鳴らす。
「はいはい、その辺にしておきなさい。彼らも…無事にやってくれたようですしね。」
ノアの言葉に後ろを見るとシルクスの搭に一筋の光が立ち上り、闇の世界では暗闇の雲が作り出した支配領域が消えてクリスタルが地上へと戻って行く。
そして浮遊大陸から一際明るい光が瞬き、世界を暖かな光が包み込む。
ただ呆然とその様子を見つめているとノアが腕を差し出し、そこへ光竜が舞い降りた。
「さて、光竜も戻ってきましたしそろそろ行くとしましょうか。ザンデ、大いなる意思へ着いた時に答えを聞かせて貰いますよ。」
悪戯っぽい笑みを浮かべたノアの姿にザンデは深く頭を下げる。
「……師の意図を考えもせず……申し訳ありませんでした。」
その姿にノアは静かに微笑む。
「君だけの所為ではありませんよ。きちんと話す事をしなかった私にも非はあります。今度はその辺も合わせてゆっくり話して行く事にしましょう。」
その言葉にザンデが頭を上げると、ドーガが軽く彼の肩を……ウネが力を込めて背中を叩いて笑みを見せ、それにザンデは気まずそうに苦笑する。
そして、4人と1匹は大いなる意思へと続く淡い光に包まれた道を歩き始めた。
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