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時間凍結の中で


 その日も何の変哲も無く終ろうとしていた。
神官や巫女達が挨拶をした後、クリスタルの間を出て行く。
最後の一人が出て行き、いつもと変わらぬ静寂がクリスタルの間を包む。
そんな時だった。
不意にクリスタルから発せられる警告。
僅かな空間の歪みに振り向いた時、我が身に漆黒の茨が絡みつく。
同時に身体から力を奪われる感覚に襲われ膝を付いた。
「…大人しくしていて貰おうか、土の守護者よ。他の者達を巻き込みたくはあるまい?」
 その声に顔を上げると、そこには黒衣の白銀の髪をした男が立って居た。
何の前兆も無くクリスタルの間に転移してくる程の力の持ち主…そんな魔道士はこの世界に居るとすれば、ダルグ大陸に住まう者達だけ。
しかし、彼らは今まで風の結界から出ることは無く、光の氾濫の際も世界に干渉する事はしなかった。それが何故?
「何を…するつもりだ…。」
 闇に引きずられそうになる意識を堪え、問いかけると黒衣の男は目を逸らし自分に背を向ける。
そして、クリスタルの前にあった石碑に手を触れ短く呪文を呟くと、それは光を放ち文字が浮かび上がった。
『我が力…再び制御……』
 そこでクリスタルの声が途絶え、クリスタルの周りに結界が展開する。
「…何故、古代人の遺した装置を起動出来る?!クリスタルの力を何に使うつもりだ…!!」
 何とか魔力を紡ぎ絡みつく漆黒の茨を消し去ると、そのまま黒衣の男に魔法を放つ。
紡ぎ出された光の矢が放たれると黒衣の男は装置の操作を止め、魔法障壁を展開させた。
光の矢は障壁に阻まれ黒衣の男に届く事は無かったが、障壁に僅かに走ったヒビに男は少し驚いた顔をする。
「さすがは守護者だな。呪縛の茨だけでは抑えきれんか。…手荒な真似はしたくなかったのだが…仕方あるまい。」
 その言葉と共に男は魔力を紡ぎ、自分の足元に魔法陣が描き出される。
次の瞬間、先程とは比べ物にならない位に強力な重圧に押さえつけられ、同時に周囲に魔力で紡がれた檻が具現化した。
「…そのまま暫く眠っていてくれればいい。命までは獲るつもりはない。」
 闇に沈んで行く意識の中、男の声が静かに響き渡った。

 一体…どの程度の時間が流れたのだろう…?
ふと、そんな事を考える。
『…時は…流れておりません。全てが停止しました。』
 突如聞こえた声に引き戻されるかの様に意識が覚醒する。
周囲は薄暗くクリスタルの光さえも感じない。
そんな中、目の前に座る淡い光を放つ竜の姿にゆっくりと身体を起す。
しかし、それ以上は魔法陣が生み出す重圧に立ち上がる事が出来ずに座り込む。
『よかった…ご無事でしたね。』
「無事…とは言いがたいが、何とかな。」
 光竜の安堵した声に苦笑して見せる。そこで周囲の状況を確認すると、輝きを失い鎮座するクリスタルが目に入る。声は聞こえない…だが、まだ完全に光が失われてはいない。
闇に悟られぬように抑えているといった所だろうか。
「…全てが…停止したとはどう言う事だ?」
 そこで目の前に座る光竜に問いかけると、光竜は視線を逸らし俯いた。
『我が主が…光を封じ闇を呼び出したのです。闇は瞬く間に世界を包み、古代人が作り出した浮遊大陸を除き全ての時間が停止しました。
このままでは、やがて浮遊大陸にも闇の力が及び世界は完全に闇に包まれる事でしょう。』
「お前は…私に何を期待している?闇の呪縛に囚われた私に…これ以上できる事など…。」
 そう言った自分に光竜は黙って視線を向ける。
『今ならまだ闇の目から貴方様を隠し送る事が可能です。…身体そのもの…と言うのは無理ですが…守護者である貴方様は魔力で別け身を作る事が可能だと聞いております。
別け身に意識を移し、どうか今はお逃げ下さい。そして…主を止めていただきたいのです。』
 光竜の言葉に暫し思案する。別け身はそんなに長い期間保っていられるものでは無い。
どの程度の時間が得られるものか…それすらも判らない。だが、このままでは何も出来ずに闇に取り込まれるだけだろう。
そこで土のクリスタルから光が弾ける。…行けと言う事か。
「…それしか…この状況を打開する方法は無さそう…か。限られた時間になるだろうが…賭けるしか無いか…。」
 意を決し、クリスタルの前に意識を集中し目を閉じる。
次に目を開けた時、魔力の檻の中では無くクリスタルの前に立って居た。
自分の手を見つめた後、クリスタルの隣に目を向けると、そこには魔力の檻の中に膝を付いた自分の姿があった。
『守護者様、これをお持ち下さい。』
 光竜がそう言うと、目の前に翡翠の勾玉が浮かび上がる。
『闇の目から貴方様の居場所を隠してくれる筈です。決して外さぬよう…常に身につけておいて下さい。』
 その言葉に頷き、勾玉を受け取ると身につける。
「お前は…あの男に仕えて居ながら、何故…私を助ける?」
 自分の問いかけに光竜は俯いた。
『私は…あの方と約束したのです。もし自分が自分で無くなった時には…どんな手段でも良いから止めて欲しいと。闇を呼び出したのはあの方の意志です。
しかし、今の状況はあの方が望んだ結果ではない。あの方の望みを利用している者が居る。
このままでは、あの方は壊されてしまうでしょう。そうなる前に…あの方自身である内に、止めるためです。』
 光竜は迷う事無く、そう答える。
「あの男の言う“止める”と言う意味は…判っているのか?」
『…時間を…ザンデ様の生命をそこで絶つと言う事です。私の力では闇の侵食を抑える事は叶いませんでした。ですが、守護者たる貴方様ならば…クリスタルが選んだ戦士達ならば…きっと…。』
 そう光竜が呟いた時、自分の周囲に光が舞い始め、光竜はゆっくりと舞い上がる。
『風の大陸へ…浮遊大陸へお送りします。どうか…ご無事で。』
 その言葉と同時に視界が光に覆われた。

 優しい風が吹きぬける丘で、目の前に立つ巨木を見上げ手を当てる。
あの後、目を覚ましたのは風の町ウルだった。浮遊大陸の風の神殿のすぐ近くにある小さな町だ。
助けてくれた町の者の話では、自分は数日前に風の神殿のあった場所に出来た洞窟に倒れて居たらしい。
軽く話を聞いた感じ…町の者はここが浮遊大陸だと言う事実を知らない。
あの男が土のクリスタルの力を利用した時から、どれ程の時間がここでは流れていたのだろうか…。
「精霊様?」
 後ろから声をかけられ我に返る。振り向くと自分を助けてくれた長老宅の娘が立って居た。
「もう動いても平気なのかい?風のクリスタルが地中に沈んでから貴方達精霊種の方々は姿を見せなくなった。精霊様はそう言った変化には敏感なんだろう?」
 その言葉に小さく頷く。
「心配しなくても大丈夫だよ。この程度ならば問題は無い。」
 自分の言葉に娘は安堵した表情を見せる。
「そうは言っても無理だけはしないようにね、精霊様。」
「ああ…精霊様と言うのは止めてくれないか。」
 町の者達が自分を見ると言う呼び方に少し抵抗を覚えてつい口に出た。
それに娘は首をかしげる。
「…ユリアスでいい。私の…名だ。」
 守護者になって以来、久しく名乗った事無い名前。
その名を告げ微笑んで見せた。


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