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魔王と光竜


「ザンデ!何処に行くつもり?!戻りな!」
 静かな森に囲まれた館中に女性の声が響き渡る。
ダルグ大陸…高い山々に囲まれ外界と遮断されたような大陸の中心にある森の館の中を、後ろから追いかけてくる足音に、長い白銀の髪をした黒衣の男は立ち止まる事無く出口へ向かい歩いて行く。
「…私はここを出て行く。ウネ、もはや貴女達とは何の関係も無い。そんな事を言われる筋合いは無い。」
「何を言っているんだ…ノア様の言葉に背くと言うのかい?ザンデ!」
 黒衣の男…師であるノアに共に学んだ弟弟子とも言えるザンデの言葉に、ウネは信じられないと言う様に首を振る。
「…ザンデよ、そんなに師の決定に不満か?」
「ドーガ…。」
 後ろから聞こえた声にウネは困ったように肩をすくめて見せ、姿を見せた兄弟子の言葉にザンデは足を止める。
「…不満?」
 そう呟き、ザンデは手に持っていた杖を握り締め振り返る。
「ああ…不満なら吐いて捨てる程あるさ!貴方達2人は師ノアから膨大な魔力と夢の世界をそれぞれ受け取った。だが、私は何だ!人間としての命だと!?…そんなつまらんもの…私は今のままで十分だ!
それとも私に魔族を捨てろとでも言うのか!そんな馬鹿な事…出来る訳がなかろう!!」
 何だ…ちゃんと感情を出せるんじゃないか…。ここに来てから初めて感情を表に出し激怒するザンデの姿に、内心そう思いつつもウネは溜息をつく。
「しかし、ザンデ…ノア様が亡くなった以上…あんたの身体は…。」
「だからと言って、魔族を捨ててまで生き長らえてどうしろと?…別に私は生き長らえたい訳じゃない。失った力を取り戻したいだけだ…。」
 堪えようの無い怒りを、それでも抑えようと言葉を吐き捨てるザンデの姿にドーガは静かに目を閉じる。
「そこまで言うのならば、お前の好きなようにすると良い。」
「…ああ、そうさせてもらうさ。」
 短く呟き、ザンデは2人に背を向け歩き出す。扉を開け出て行く後姿を見送りつつウネはドーガに問いかける。
「…いいのかい?ドーガ…このまま、あの子を行かせちまって…。」
「師から力を受け継いだ今の私達ではあいつを止める事は出来ん。あいつは…命よりも失った力を求めていたからな。下手に止めようとすれば…さらに追い詰めるだけだろう。」
 いつもと変わらない様子で淡々と話す…しかし、どこか気落ちしているドーガの姿にウネは腰に手を当て再び溜息を漏らした。

 森に隠れ館が見えなくなった頃…
ザンデは道沿いの大木に寄りかかり小さく咳き込んだ。
『ノア様が亡くなった以上…あんたの身体は…』
そう言った先ほどのウネの言葉が耳から離れない。師が亡くなったと言う事は、抑えて貰っていた病が再発すると言う事。死ぬのは別に怖くは無い。いずれ誰でも死ぬのだから。
それ以上に魔力が衰える事の方が耐えられなかった。これ以上…無様な姿を晒して生きろと言うのか?何故、師は…。
答えの無い疑問が首をもたげ始めた時、ザンデは木々の合間からやってくる気配に気がつき呼吸を整える。
「お体の具合…大丈夫ですか?」
 そう言って現れた小さな白い竜は人の姿へと姿を変えた。今、目の前に立つのは常にノアの隣に居た光竜だった。
「お前は…確か師の…。」
「はい。ノア様にお仕えしておりました聖魔獣の頭、光竜でございます。」
 ザンデが呟くと光竜は丁寧に頭を下げる。聖魔獣…ノアが使役していた竜や魔獣達の総称だ。
「…そいつが私に何の用だ?」
 手に持つ杖を肩にかけザンデは光竜を見る。すると、光竜は真っ直ぐザンデを見上げ口を開いた。
「ノア様、最後の命…果たしにまいりました。」
 ザンデが怪訝そうな顔をするが、光竜は気にする様子も無く言葉を続ける。
「ノア様の亡くなった後、貴方にお仕えするように…と。我等、聖魔獣は盟主の命は絶対。例えそれが命を落とす事であっても…。」
「どんな事でも?」
 黙って話を聞いていたザンデは目を閉じ問いかける。それを迷う事無く肯定した光竜をザンデは小さく笑う。
「ならば…お前の血、私に貰えるか?お前のような竜の生き血はどんな病にも効くと言う。ただし、その量は致死量に達するが…。」
 今まで見せた事の無い冷酷な笑みを浮かべるザンデに光竜は言葉に詰まり、その姿にザンデは自嘲気味に笑い光竜の脇を通り過ぎる。
「…無理をするな。魔族の命令で命を差し出す事など出来んだろう。」
 次第に遠ざかる足音に光竜は振り返り走り出すと、ザンデの持つ杖を自分の首に当てる。
ザンデの持つ魔杖は彼の魔力で大鎌に変化する。それを首に当てると言う事はザンデがその気になれば、何時でも首を落とせると言う事でもあった。
「わかりました。それが…貴方様の最初の命ならば!」
 予想外の光竜の行動にザンデは驚き光竜を見た。強い決意を秘め自分を見上げるその姿にザンデはこみ上げてくる笑いを堪える。
「な…何故、笑われるんですか!私は…本気なのですよ!」
 何故笑われているのか理解出来ずに戸惑う光竜に、ザンデは静かに笑みを見せる。
「…忘れたのか?私の病にはどんな薬も効果が無かった。それに…お前の致死量に達する血など飲める訳がなかろうが。お前達も命令になど縛られる事はあるまい。
師が亡くなられた以上、私もどの程時間が残されて居るかは判らんのだ。こんな死に損ないの魔族になど付き合う必要は無い。」
 まるで何か吹っ切れた様に…しかし、少し寂しそうに話すザンデの姿に光竜は改めて姿勢を正し彼を見上げる。
「最後の命であっても次期盟主は自分の意思で決めております。今ここに来たのは私の意志です。貴方様は…そのお体で…お1人で行かれるつもりですか?
ノア様は言っておいででした。"ザンデにはもっと世界を見せてやりたかった"と。」
 自分に背を向け黙り込むザンデに光竜は魔力を紡ぐとそっと背中に手を当てる。すると和らいだ身体のだるさにザンデは驚く。
「私はノア様ほどの力はありませんが…貴方様の病を少しだけでも抑える手助けは出来ると思います。どうか、私達もお供させてはいただけませんか?」
 そう言った光竜の言葉にザンデは諦めたように肩をすくめ振り向いた。すると、何時から居たのだろうか…光竜の後ろに他の聖魔獣達の姿もあった。
「…やれやれ…お前達はズルイやつだな。私が断り辛いように話を進めるのか。師の策にはめられた気もするが…好きにするが良い。」
 ザンデの言葉に光竜は深く頭を下げ、他の聖魔獣達も膝をつく。
『我等、聖魔獣の力、必要とあればいつでもお呼び下さい。』
 その言葉を残し聖魔獣は姿を消し、光竜はザンデに牙を模したネックレスを差し出した。生前、ノアが身につけていたそれをザンデは受け取り身につけると、目の前の吹き荒れる風に目を向けた。
「…この風の結界より外に出る。師ノアの言いつけに背く事だ。それでも…来るか?」
 ザンデが問いかけると光竜は静かに頷く。
「マスターの意のままに…。」
 そして、最初に現れた時と同じ様に小さな竜の姿になると、ザンデの肩に舞い降りる。
それに小さく笑みを漏らしザンデは風の結界に足を踏み入れた。

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