どの位時間が経ったのだろう…ふと頬に落ちた水滴に意識が覚醒する。
ぼんやりと目を開けると目の前に小さなフェアリーの姿が見え、彼女は安心した表情を見せた。
「良かった…気がつかれましたか?」
「ああ…無事だったのか、フィー……痛っ……奴等め…手加減せず殴りおって……。」
頭を押さえつつユリアスは身体を起こし周囲を見回す。
薄暗い…樹のうろの中の様な雰囲気を受ける。ユリアスの様子にフィーは俯き口を開く。
「ここは長老の木の中…ハインの城です。」
「幸か不幸か…とりあえず、ハインの城に入れたと言う事か。他の3人は?」
ユリアスが問いかけると、フィーはふわりと舞い上がった。
「ロトとアムルはこの先に入れられたようですが…ユリディナの姿が見えません。」
「分かった。まずは2人と合流しよう。」
フィーの指差す先を見つめ、ユリアスは頷くと立ち上がった。
「アムル…しっかりしろ、目を覚ましてくれっ…。」
ロトは隣に倒れているアムルに声をかける。しかし、自分も殴られた際に受けた傷の痛みに眩暈を感じ床に手を付く。
「…ロト?アムル?」
名を呼ばれロトは何とか顔を上げると、牢の前にユリアスの姿が見える。
「ユリアス…!!」
「静かに…大丈夫か?」
ユリアスは周囲を確認し牢を開け中に入ると、2人の前に膝を付く。
「ユリアス…アムルが…目を覚まさないんだ。私には…どうしたらいいか…。」
いつものロトらしからぬ動揺の仕方にユリアスは落ち着かせるように声をかけつつも、僅かな光で見えた血に濡れたロトの髪に眉をひそめる。
「大丈夫だ、心配するんじゃない。それよりも…フィー、ロトの傷を診てやってくれ。」
フィーはユリアスに声をかけられ頷くとロトの元へと飛んでいく。ロトはユリアスが来た事に安心したのか壁に寄りかかった。そこへ近づいたフィーはロトの後頭部から首を伝い流れた血の跡に驚き慌てて回復を始める。
「ロト!あなたの方が大変よ!良く目が覚めたね。」
そう言われ、ロトは目を閉じ溜息をついた。
「…私は…ただ、皆が心配で…。」
ロトの言葉にユリアスは苦笑しつつアムルの回復を続ける。少しした後、アムルが呻き声を上げ目を覚ました。頭を押さえ首を振りつつ起き上がり、ユリアスに礼を言いつつ座り込む。そこで、壁際で膝を立て顔を伏せているロトに気がつき声をかけた。
「ロト…大丈夫か?」
その声にロトは少し顔を上げ目を開く。
「…なんとか…落ち着いてきた…。」
そう言って再び顔を伏せる。そこでアムルはユリディナが居ない事に気がつき問いかけるとユリアスは黙って首を横に振った時、不意に暗がりに聞こえた声に3人は通路の向かい側にある牢を見た。
「お前達の連れの娘はハインが連れて行った。」
そこに居たのは王族らしき格好をした初老の男性と2人の騎士の姿…初老の男性の姿を見た時、ユリアスは驚いて声を上げる。
「…あなたは…アーガス王…!!」
その言葉にロトとアムルも驚いて顔を見合わせた。
「この方が…!?」
するとアーガス王は目を伏せる。
「いかにも…私の名はアーガス。砂漠の北にある城の王だ。しかし、兵士達はハインに操られておる…。」
そこで王は小さく咳き込み付き従っていた騎士が王を休ませ代わりに口を開く。
「ハインはアーガスの神官でした。しかし、大地震の後…邪悪な力に取り憑かれ、その力の生み出す欲望に負けてしまったのです。あなた方の連れのお嬢さんは極めて純粋な古代魔力をお持ちのようですね。その魔力は闇の力を手に入れるためには打って付けなのです。その為にハインは…。」
「それって、生け贄って事じゃないか!」
騎士の言葉にアムルは声を荒げた時、今まで黙って話を聞いていたユリアスが立ち上がる。
「ロト、アムル。グズグズしている暇は無い。行くぞ。」
「行くって…どうやって、ここから脱出を…。」
ロトが慌てて立ち上がると、もう1人の騎士が魔法のオーブを差し出した。
「そこの右側の壁に小人ならば通り抜けられる穴が開いている。私達は使うことが出来ないが…君たちならば使えるだろう。」
その言葉に礼を言いユリアスはミニマムのオーブを受け取ると、すぐに魔法の詠唱を始めた。
牢を抜け出した3人を待ち受けていたのは、アーガスの兵士達では無く妖魔達の姿だった。
ロトが全身包帯巻きのファラオの攻撃を受け止め、それをユリアスの魔法が薙ぎ払う。
アムルがその後ろに漂う青い光を放つ悪霊レムレースの核を握り潰し消滅させると、ロトが走り出しもう1体居たファラオを切り捨て、その勢いのまま最後方に居たラミアの胸を貫く。
小競り合いを繰り返し牢を出てから小一時間ほど経った頃、先頭を行くロトは壁に寄りかかり息を吐いた。
「大丈夫か?無理をするな。」
ユリアスが声をかけるとロトは頷くが、少し苦しそうな表情を見せる。
「…大丈夫…だけど…何だか、空気が重苦しくなってきた…。」
そう言って、頬を伝う汗を拭う。それにアムルは心配そうに声をかけつつも首を傾げた。
「そうか?オレは何とも無いけど…。」
「闇の力が強くなってきている。近いのだ。」
その言葉に2人は頷き、目の前にある階段を見上げた。
階段を上がると薄暗い部屋の中だった。周囲に怪しげな光を放つ物体が部屋を不気味に照らし出す。
「…素晴らしい…この暗黒を生み出す力は美しい…。」
正面の祭壇のような場所に立ち、貴族風の風貌の人物は陶酔しきったように呟く。
「分からぬか…この力の素晴らしさが…!わしはこの力を使い生きた木を動かし、兵士を操り、そして世界の支配者となるのだ…!光の者と言えど邪魔はさせん…ここで死ねぃ!」
そして、振り返ったハインは骸骨のような姿だった。
身構えたロトはハインの後ろの祭壇に横たわるユリディナの姿を確認する。特に外傷らしきものは見えず呼吸している様子に安堵する。
「…ヤツを引きつける。お前はすぐにユリディナを起こしに行ってくれ。」
隣に立つアムルに耳打ちし、それにアムルが頷くとロトはすぐに走り出した。
ハインはすぐさま魔法を詠唱し始めるが、ロトは一気に懐に踏み込むと盾でハインを殴打する。
それに怯み詠唱が止まった所で剣を振り払うと、ハインは魔法障壁でそれを受け止めた。
そこへ魔法の炎がハインを襲いかかると同時にハインの周りに不思議な光が弾け、それに警戒し少し間を開けたロトとユリアスに向かい魔法の詠唱を始めた。
ロトがハインを引きつけている隙に祭壇の裏側に回ったアムルはユリディナを祭壇から下ろし、軽く頬を叩く。
「…あれ…アムル…?」
「おう、おはよう。大丈夫か?」
魔法で眠らされていたのか…ぼんやりとしたユリディナにアムルは笑って見せる。
そこで部屋を包んでいた暗い瘴気なような物が次第に薄れ、ハインは後ろを振り返った。
「貴様…その娘は渡さんぞ!!」
その言葉と同時に炎がアムルに襲い掛かり彼が驚いて顔を上げた時、ユリアスが放ったブリザラの冷気が炎を打ち消した。
そして、続けざまにハインに向かって雷神を模ったと言われる石像・ゼウスのいかりを掲げると、それに封じられていた魔力が解放され落雷がハインを襲う。
その間にアムルはユリディナを連れて2人の所へ合流する。
「小ざかしい…。」
ハインが呟くと、再びハインの周囲に不思議な光が弾けた。
それを見てユリアスは手を払うと虚空から魔道書が現れ頁が勝手に捲れて行き、ある頁で止まると虚空に消える。それを確認しユリアスが魔力を紡ぎ放ったファイラの炎はハインの魔法障壁を貫いた。
その後、同じ様に不思議な光が弾けた後、ロトとアムルがハインを引きつけている間にユリアスは魔道書を捲りユリディナに指示して使う魔法や魔道具の属性を変えて行く。
何度、変えても的確に障壁を抜けてくる魔法攻撃に次第にハインに焦りが見え始める。そして、魔道書を捲るユリアスの姿にハインは忌々しそうに声を上げた。
「その魔道書は…まさか失われた学者の力…!」
それにユリアスは小さく笑みを漏らす。
「今頃気がついても遅い。クリスタルの力…知らぬ訳では無かろうに。」
そう言ったと同時に魔道書は頁を示し虚空に消えユリアスは南極の風を放り投げる。南極の風から放たれた冷気はハインを包み込み、ハインはよろけると膝を付いた。
すると周囲にあった不気味な光を放っていた物体が萎み、そこから溢れ出した闇がハインを飲み込み共に消えていった。
部屋に静寂が訪れる。と、僅かな振動が響き部屋に声が響き渡った。
『…ありがとう…戦士達よ…。』
「!?どこから声が…。」
アムルが驚いて回りを見回すと同時に、ユリアスの肩にいたフィーが舞い上がる。
「長老さま!」
「…長老の木…の声なのか?」
フィーが天井に向かい呼びかけた姿にロトは剣をおさめつつ呟いた。
『私は生きた森の長老と呼ばれるもの。ハインに呪いをかけられていたのだ…。だが、お前達のおかげで呪いは解けた。ありがとう、戦士達よ。
さあ…私の中に捕らえられていた人々を元の町に帰し、生きている森へ帰ろう…。』
長老の声の後、僅かな振動が響く。
長老の木はトックルやアーガスへ向かい捕らえられた人々を送り届け、そして生きている森へとやってきた。
『ありがとう…やっと帰ってこれた…。』
長老に促されて外に出た4人はその声に後ろを振り返る。するとそこには大きく枝を伸ばす巨木の姿があった。その枝は揺れる度に淡い光を弾かせ、それに共鳴するように森の木々も淡い光を放ち始める。
『闇の力は次第に世界を覆いつくそうとしている。それを止める為、お前たちは光に選ばれたのだ。
これを…受け取りなさい。やがて闇が道を塞ぐ時、きっと役にたつだろう…。』
そう言うと長老の樹の前に光の球が現れ、その中から緑色をしたクリスタルで出来た牙が現れる。
フィーはそれを受け取り4人の前に舞い降りるとロトに手渡した。淡い光を放つそれはネプト神殿でネプト竜から授かった物と似た物だった。
『世界が闇に包まれたのは今より1000年前。何者かが土の力を使い2つの光を封じたのだ。
そして、今度はこの浮遊大陸に残る2つを封じ込めようと大地震を引き起こした…。
今、この時に光の戦士が選ばれたのは偶然では無いのだろう。今ならば浮遊大陸に送り込まれて来た妖魔達の作った雲の合間を抜け闇に覆われてしまった世界に行く事ができよう…。
…私はハインに傷つけられた身体が元に戻るまで眠りにつく…。1000年間…この森には誰も入れなくなる。戦士達よ、本当にありがとう。さぁ、行くがいい。闇に覆われた母なる大地へ…。』
すると、森を漂っていた光が4人を包み込む。その光で周囲が見えなくなる間際、フィーが大きく頭を下げる。
「ありがとう。あなた方のおかげで、この森は救われました。皆さんの度のご無事を祈っています。」
その言葉を最後に完全に回りは真っ白な光に包まれ、その眩しさに目を閉じる。やがて、光が収まり目を開くと4人は森の中に立って居た。
「…ここは…生きている森?」
アムルが辺りを見回しているとユリアスは少し間を置き首を横に振る。
「生きている森には結界が張られたのだろう。見た目は同じだが…ここは普通の森だ。」
その横でロトは手元に残る緑色のクリスタルの牙…風の牙を見つめる。
「でも…間違いなく私達は長老達から願いを…託されたんだ。行こう。ここで立ち止まっている訳には行かない。」
その言葉にアムルは頷き、ユリアスは笑みを漏らすと森の出口へ向かい歩き出す。途中、ユリディナは立ち止まり振り返る。
「フィー…元気でね。」
小さく呟き微笑むと森の出口で待つ3人の元に駆けて行く。
その後ろで淡い光がそれに答えるように弾けると、周囲に溶け込むように消えていった。
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