森の北側に広がる小さな湖…。
その湖畔にある小さな岩場に一人の女性が姿を見せた。
「…確かこの辺だった筈…。」
小さく呟き辺りを見回す。そこで小さな切り株を見つけ、懐かしそうに目を細めた。
「やはりここだった…。」
それは、もう何年も前の事。ほんの数時間の事だったけれども大切な思い出。
当時に暫し思いを馳せ、小さくため息を吐くとし静かに立ち上がる。
「私が…何とかしなければ…。」
そう呟き、湖の対岸を見つめる。そこには朝靄の中にうっすらと見える洞窟の入り口があった。
パルメニ山脈に囲まれたこの地方一帯を治めるサスーン王家。
その王が住む王城へとやって来た4人はその様子にため息を吐いた。
王城の様子もカズスと同じ…人々は全て呪いをかけられてしまっていたのだ。
城内を一通り見て回ったものの、無事だったのは使いに外に出ていた兵士のみ…。
肝心のサラ姫の姿は見当たらず、4人は謁見の間へと向かった。
「お久しぶりでございます。国王陛下。」
玉座に座る人影にユリアスは膝を付き頭を下げる。3人もそれに習い後ろへと続く。
「…おお…そなたはウルの魔道士か。顔を上げなさい。無事だったのだな。」
サスーン王の言葉にユリアスは顔を上げた。
「はい。…しかし、カズスはここと同じ様に住民全てが呪いをかけられた様子…。」
その言葉にサスーン王は首を振る。
「やはりそうか…。北の洞窟に封じられて居た魔人ジンが復活したのだ。ジンを封印するにはミスリルの力が必要…。カズスも呪いがかけられたとなると、一体どうしたら良い物か…。」
「こちらのサラ皇女がミスリルの指輪を持っていらっしゃるとお聞きしたのですが?」
ユリアスが問いかけるとサスーン王はハッとした様子を見せる。
「そうだ!確かにサラが以前カズスより贈られた指輪を何時も見に付けていた筈…。しかし、サラの姿が呪いをかけられた日より見えんのだ。まさか、ジンにさらわれたのでは…!?」
「…私達が探してまいります。陛下はどうぞ心配なさらずに…。」
動揺するサスーン王を落ち着かせる様に軽く笑みを浮かべユリアスは立ち上がる。
そして、一礼すると4人は謁見の間を後にした。
「…と言う事出だ。状況はあまり思わしくないな。」
飛空艇に戻りユリアスはため息を漏らす。
「とにかく、北の洞窟に急ごう。サラ姫を探さなければ…。」
その言葉に3人は無言で頷き、飛空艇は北の洞窟へと進路を向けた。
「封印の洞窟」…かつて魔人を封じたと言われるその洞窟は、北に広がる湖の対岸にある。
ジンを封じた魔力の歪みからか…何時しかそこは死者の溜まり場、アンデットの巣窟と化していた。
洞窟の魔力でその地に縛り付けられた死者達は生あるものへと憎しみを向ける。それは誰にでも例外なく…。
『岩砕き骸崩す地に潜む者たちよ…集いて赤き炎となれ…ファイア!』
短い詠唱と共にユリアスの周りに魔力が集まり炎を化す。それは目の前に迫った骸を飲み込み崩れ落ちる。
洞窟に足を踏み入れて数時間…アンデット達は次々と襲い掛かって来ていた。
『清らかなる生命の風よ、失いし力とならん!』
軟らかな光がユリディナの両手から放たれ、4人を包み込む。
「…ったく…きりが無いな。」
何度目の骸達だろう…。一先ず回りから死者の気配が消えたのを感じ、アムルは背伸びをした。
目の前は今までの細い通路と違い、少し開けた場所へと出る。そこをユリアスの明かりが照らし出す。
「…行き止まり?」
広場を見回しロトが呟く。すると、ユリアスは小さく首を振った。
「封印の洞窟には人を惑わす仕掛けがあったと聞く。何かある筈だ、探してみよう。」
その言葉に4人は広場を個々に探索始めた。
程なくして…。
「なあ?本当にここにあるのか?」
すでに探すのに飽きたのか、アムルが岩に腰掛け後ろの壁に寄りかかる。
広い広場ではないものの、薄暗いこの場所で何かを探すと言うのは骨の折れるものだ。
それが何だかも検討が付かないとなれば尚更。
と、不意にアムルの足元の地面にナイフが突き刺さる。
「真面目に探さんか。」
「危ねーじゃねーか!何すんだよ!クソエルフ!!」
少し間を置き、大声を上げたアムルを気にもせず、ナイフを投げたユリアスはロトに声をかける。
「あったぞ。古代幻影の一種だ。」
少し不貞腐れて壁に寄りかかったアムルの様子に苦笑しつつ、ロトはユリアスに近づく。
そこには、無数の髑髏が転がっており余り気分の良いものでは無い。
表情の強張ったロトにユリアスは肩をすくめて見せると、その髑髏へと手を伸ばした。
「これが幻影なのだ。魔法を使わない人間ならば余程の事がない限り、こんな所を探ろうとは思わん。
精霊の声を聞き、魔力の流れを詠む者には感じる事が出来る…そんなものだ。」
話つつ伸ばしたユリアスの手は、髑髏をすり抜ける。その奥に何か仕掛けがあったのだろう…髑髏が淡い光を放った時だった。
「う…わぁ!!」
突如、背後から悲鳴が上がる。振り返るとアムルの姿が無く、先ほどまで彼が寄りかかっていた壁が消えぽっかりと口を開けていた。慌てて駆け寄ると高さは大したことは無かったようで、アムルは頭をさすりつつ体を起こした所だった。
その様子に安堵の息を漏らし視線を上げた時、ロトは初めて暗闇の中に人が立っている事に気がついた。整った顔立ち、腰まである長い金髪…そして指に光る銀色の指輪。
「ミスリルの指輪…サラ皇女…ですね?」
立ち尽くす女性にユリアスが静かに問いかける。すると、その女性は小さく頷いた。
「…ミスリルの指輪を身に着けていた為…私だけは呪いから逃れる事が出来たのです。」
ぽつりと呟き、サラは目を伏せる。
「皆を助けたくて、ここまで来たのは良いけれど魔物の数が増えて来て…。」
その言葉にユリアスは首を振る。
「その気持ちは判りますが、あまりにも無謀過ぎます。ここは私達に任せて皇女は城に戻って…。」
「いいえ!行きます。1人でも行くわ!!」
そう言って背を向けるサラの姿にユリアスは苦笑する。そんな様子を後ろから見ていたアムルは肩を竦めロトは目を伏せた。
「やれやれ…困ったお姫様だ…。」
「お願い、一緒に連れて行って!このミスリルの指輪が無ければジンを封印する事は出来ません!」
サラの言葉にユリアスはチラリを後ろを見る。その視線に気が付きロトは溜息をついた。
「仕方が無いな…。放っておいてウロつかれる方が心配だろう。」
ロトの返事にユリアスは笑みを浮かべ帽子を被り直し、サラは大きく頭を下げた。
サラをパーティーに加え、4人はさらに奥を目指し進み始める。
その途中、サラは隣を歩くユリアスに話かけた。
「…ユリアス…13年程前、森の中で出会った事…覚えていますか?」
「ええ。まさか、皇女がお1人で居るとは思いませんでしたので。」
ユリアスが微笑し答えると、サラは少し考え込む。
「あの時…一緒にいたのはロトでした?」
「…良く覚えておいでですね。」
その返事にサラは意を決した様子で前を歩くロトの方へ足早に向かって行き、その様子にユリアスは面白そうに笑みを漏らした。
前を進むロトは背後に近づいてきた気配に僅かに視線を動かし確かめると、すぐ前方に注意を向ける。
「…何か用ですか?何があるか判りません。後ろへ。」
素っ気無く言葉をかけるロトに、サラは嬉しそうに笑う。
「相変わらず、素っ気無いんですね。貴族に対しては。」
その言葉に、ロトは怪訝そうに首を傾げる。
「13年くらい前…森の中で助けてくれてありがとう。」
少し考え、ロトはハッとしてサラの顔を見た。
「まさか…あの時、森で迷子になっていたお嬢様…?!」
それは13年程前、国王の余興である狩りについて来た時の事だった。
貴族の形式的な退屈な狩りに直ぐ飽きてしまったサラは、兵士達の目を盗み森の中を1人で見て歩き始めた。初めて見る動植物につい夢中になり、気が付いた時はすっかり迷子になっていたのである。
その時、サラを見つけ兵士の下へ送り届けたのがユリアスとロトだった。
「やっと、お礼が言えた。覚えていてくれたんですね。」
「…まさか皇女だったなんて…。皇女こそ、よく私の事など覚えていましたね。」
そこでロトは初めて微笑みサラを見た。それにサラは少し頬を赤らめ俯く。
「…だって…貴方は…。」
その時、不意にロトが足を止めた。それにサラが顔を上げると、ロトは前を見たまま前に来ようとするサラを制止する。
「サラ姫、後ろへ…。」
その様子に異変を感じ、サラが下がると同時にアムルが前へ出る。
「…急に空気が熱くなった。…近い。」
ロトが後ろを見るとユリアスが黙って頷き、慎重に細い通路を進む。そして、通路を抜け目の前が開けた時だ。
一気に周囲の気温が上昇し、熱風が吹きぬける。それをマントで防御し奥を見ると宙に炎を纏い浮かぶ魔人の姿があった。
「……ジンだ!」
アムルが声を上げると同時に魔人は目を開く。
『…この気配…忌まわしいミスリルか…?』
その言葉にサラは数歩後退する。
『だが、今更そんな物はどうでも良い…増大した闇の力がオレに味方しているのだ…!』
ジンの纏う気配が一気に殺気を帯びる。次の瞬間、炎が渦を巻き5人に襲い掛かった。
炎が5人を巻き込もうとした寸前にユリディナが魔法障壁を展開させる。炎の直撃は免れたものの、それでも障壁を通して熱気が伝わってくる。
「おい!これどうやって近づけって言うんだ!?」
熱気に顔を背けつつアムルが叫ぶ。すると、ユリアスは静かに魔力を紡ぎ出した。
「…どけ。炎を相殺する。」
短く呟き紡いだ魔力を解放すると、それは氷の嵐を化し徐々に炎を押し返し始める。
「ユリディナ、南極の風を。アムル、炎が弱まったら本体を叩くぞ!」
ロトが剣を構えると、アムルは頷き走り出しユリディナは鞄から祭壇の洞窟で見つけた南極の風の残りを取り出す。
そして、包んでいた布を外し放り投げると、それは淡い光を放ちジンを氷柱が襲い掛かった。
突然の事に、ジンが怯んだ隙にアムルは一気に間合いを詰め、ジンが殴りかかって来た腕をすり抜けるとみぞおちに強烈な突きを叩き込む。
ジンが体勢を崩し前のめりになった所を続けざまに蹴り上げ、仰け反った所へロトが大きく踏み込み剣を薙ぎ払う。
「やったか!?」
「だめだ、手ごたえが甘い…まだ倒せない!」
アムルがバックステップで下がりつつ声をかけると、ロトは首を振り間合いを広げる。
『…ガキどもが…頭にのるナ!!』
絶叫と共に一度は弱まった炎が勢いを増し4人を襲う。ユリアスが舌打をしつつバリアを張り炎を防いだ時、火球の一つが大きくその軌道を変えた。それに、ユリアスは後ろを振り返る。
「まずい…サラ姫!!」
辺りに爆音が響きわたる。軌道を変えた火球はサラが隠れていた通路の入口の岩場を破壊したのだった。辺りに土埃が舞う中、サラは自分が地面に倒れているのだと気が付く。
凄まじい爆音が響き、その衝撃で地面に叩きつけられた…そう思ったのだが、特に身体に痛みは感じない。
「…姫…サラ姫、大丈夫ですか?」
自分を呼ぶ声にサラは目を開く。そして、目の前に滴る血に驚いて声のする方へ視線を向けた。
そこには、安堵の表情を浮かべたロトの姿があった。しかし、彼は苦しそうに膝を付く。
見れば頭から血が滴り落ち左腕は火傷を負っている。すぐに彼が身を挺して自分を庇ってくれたのだと気が付き、サラは直ぐに魔力を紡ぎケアルの詠唱を始める。
「…私に…構わないで…早く隠れて…。」
「黙ってて。」
自分を回復始めたサラの姿にロトは戸惑いの表情を見せる。
その時、再びジンが火球を放つ動作を取っている事に気が付き、ロトは再びサラを見る。
「サラ姫…早く離れて!」
その言葉にサラは黙って首を振り、それにロトはマントを握り締める。
「…なぜ…だ?何故、貴族の貴女がここまでするんだ!こんな…どこの馬の骨ともわからない冒険者に!皇女だろう?貴女は!!」
回復を止めないサラに苛立ち、ロトが声を荒げるとサラは驚き手を止めた。しかし、すぐに笑って見せる。
「私は皇女の前に1人の女です。…好意を抱いた人を置いて逃げる事など出来ません。」
「…え…?」
何の躊躇いも無く答えたサラの姿に、ロトは意表を付かれ言葉を無くす。
「ロト!伏せろ!!」
そこで、アムルの声に我に返り、ロトは再びサラを庇うように抱き寄せると体勢を低くする。
同時に2人の前にアムルが投げた南極の風が氷柱を作り出し、そこにジンの放った火球がぶつかり水蒸気と化した。
「…姫は後ろに下がっていて下さい。」
そう言って、ロトは自分の上着を握り締めていたサラの手を離し立ち上がる。その姿にサラが口を開こうとするとロトは視線を逸らす。
「…私は…貴女を護り切れる自信が無い…。貴女の気持ちには…今は答えられない…。」
そして、ロトはサラに背を向け再び戦いの場へと足を向けた。
「大丈夫か?」
戻って来たロトの姿にユリアスが問いかけるとロトは黙って頷き、ユリディナがすぐさま回復の続きを始める。
「…さて、ここからどうしたものか…。動きを封じては居るが、まだ封印するには決定打に欠ける。」
その言葉にジンを見ると、ユリアスが作り出した吹雪がジンを取り囲んでいる所だった。
とは言え、ジンも機会を伺っているらしく少しでも均衡が崩れれば一気に反撃されかねない。
「だけど、このままじゃユリアスが先に参るだろ。なんとか…。」
「ああ、もう!面倒くせぇ!!」
ユリアスの額に浮かぶ汗にロトが思案し始めた時、後ろで黙っていたアムルが声を上げた。
「もう1発ぶち込めばいいんだろ?オレが行く!」
そう言って、アムルがマントを頭から被り止める間もなく吹雪の中に突っ込んで行く。
「本当、アムルって単純。でも、ロトや兄様は深く考えすぎるから丁度良いのかも。」
止めるタイミングを逃しロトが呆然としていると、彼を回復をしていたユリディナが呟き笑みを浮かべた。
その間に、アムルは吹雪を抜けジンの目の前に飛び出す。
突然の事にジンの判断が鈍ったのを見逃さず、アムルは被っていたマントをジンに向かい放り投げた。
ジンは咄嗟にマントを払いのけるが、そこにアムルの姿は無く背後から声が聞こえる。
「…あんたの負けだ。」
次の瞬間、背後から強烈な衝撃を受けジンは体勢を崩す。
そこへ周囲を囲んでいた吹雪が襲い掛かり、間髪入れずに目前に迫った剣がジンの身体を貫いた。
「サラ姫!」
ジンから剣を引き抜き、ロトはサラの方を振り返る。
「今のうちに…ジンが弱っているうちに指輪の力で封じるんだ!」
その言葉にサラは頷き、指輪を高くさし上げる。
すると指輪から眩い光が放たれ、ジンは霧の様に霧散し消えていった。
その様子にユリアスは溜息を吐き、自分を見る他の面々に頷いて見せる。
「…ありがとうございます。貴方たちのお陰でジンを再び封印する事ができました。後はこの指輪をサスーン城にある聖なる泉につければジンの呪いを解く事が出来る筈です。
さあ、指輪の力で城までワープしましょう!」
そう言ってサラが指輪を握り締めると再び指輪が光を放ち、5人は封印の洞窟から姿を消した。
次に5人が姿を現したのはサスーン城地下の泉だった。
その泉に近づき、サラは指輪を泉に投げ入れる。指輪が泉に沈むと泉は淡い光を放つ。
「これで呪いが解けた筈です。私1人ではジンを封じる事は出来なかったでしょう。皆、本当にありがとう。」
そして、サラは言葉を切る。少しの沈黙の後、ユリアスは帽子を被り直すと笑みを浮かべる。
「…私達は先に上に行っておくか。」
ユリアスの意図に気がつきアムルとユリディナも頷くと3人は先に上に上って行き、ロトはその行動に戸惑う。
「また、助けてくれてありがとう。行って…しまうのですね…。」
サラの言葉に、ロトは黙り込む。
「本当は一緒に付いて行きたい。でも…今回のように、きっと足手まといになってしまいますね。」
そう言って背を向け俯いたサラの頬を涙が滑り落ちる。ロトはその姿にかける言葉が見つからず、ただ沈黙の時間が流れていく。
大きく息を吸い上を見上げ、サラは笑みを浮かべると振り返った。
「旅が終ったら必ず帰って来て下さいね。そして、返事を聞かせて。私、待っていますから。いつまでも…。」
その姿にロトは少し考え、身につけていたネックレスを外す。
「…サラ姫…これを。」
ロトはそう言ってそれをサラに手渡した。
「弟が持つ物と対になっている…母の形見だ。この旅が終ったら…必ず受け取りにくる。その時まで…預かっていて欲しい。」
「…はい!」
躊躇いがちなロトの言葉にサラは嬉しそうに笑い大きく頷いた。
その後、呪いの解けた国王と謁見し4人は飛空挺でカズスに向かう。
その船内の後方で、ロトは黙って外を見つめていた。
「どうした、ロト?」
その様子にユリアスが声をかけると、ロトは顔を上げるが直ぐに考え込む。
「…サラ姫との約束…守れるかな…。」
ぽつりと呟いたロトの言葉にユリアスは溜息をつき、ロトの頭を軽く撫でる。
「守れんでどうする。1人欠ける事無く必ずウルに帰ると…皆とも約束しただろう。」
「…うん…そうだったな。」
そう言って笑みを見せたロトにユリアスは微笑み返し外に目を向けた。
眼下には森を抜け砂漠を越えた先にあるカズスの町並みが見え始めていた。
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