周囲は白く、炎と氷がぶつかり合った時の水蒸気がまるで霧の様に立ちこめていた。
アムルが力なく倒れる女性を抱きとめた姿に戦う理由に納得できない自分を捻じ伏せ、その奥に居る人影に向かい一気に間を詰める。
剣を持つ手に伝わる衝撃と同時に、その人は嬉しそうに口元を歪め囁くように呟いた。
「…よくやってくれた。シルクスへ…そして、ザンデを…止めてくれ。」
空は真っ白な雪雲に覆われ、ちらちらと雪が舞い落ちる。
シルクスへ続く渓谷を前に出発する準備を進める中、インビンシブルを降りたロトは1本の木を見上げ佇んでいた。
インビンシブルの中でアムルは計器の整備をしており、ユリディナはその近くで持っていく道具の確認をしている。
そこへ船室からユリアスが姿を見せ、船内を見回して首をかしげた。
「…ロトはどうした?」
するとユリディナが顔を上げる。
「ちょっと前に外に出て行ったけど…まだ戻って来てない?」
ユリディナが問いかけると、アムルは手を止め頷く。
「…様子を見てくるか…。そう遠くには行っておるまい。」
そう言ってユリアスが外に出ようとした時、アムルはぽつりと呟く。
「…泣いてんのかな…。」
それにユリアスが足を止めると、アムルは溜息をついた。
「ロトはそう言った感情は人には見せようとしないヤツだからさ。今回は…かなりキツイかもしれない。」
「こんな所に居たのか。」
インビンシブルより少し離れた岩陰で1本の木を見上げていたロトの姿を見つけ、ユリアスは声をかける。するとロトは振り返り驚いた顔を見せたが、ユリアスは気にする事無く、ロトの隣に立ち木を見上げた。
「…桜…か。」
「うん。太陽があまり出ないからなのか…暫く咲いてないんだと思う。」
ロトが言葉を切りユリアスは黙って木を見ていたが、枝先に膨らみかけた蕾を見つけ木に手を当てた。
「…大地の力が弱まっているからな…。だが、咲こうとはしているようだ。」
そう言って短く呪文を唱えると、蕾が一気に綻び始めた。
「先に進むには、ほんの少し力を貸してやればいい。自然は強いからな。」
咲き始めた桜を呆然と見上げていたロトだったが、ふと視線を落とし俯いた。
「…私は…どれだけ犠牲にすれば先に進めるんだろう…。」
その言葉にユリアスは黙って振り返る。
「どれだけ…大切な人を犠牲にして…。」
「人間は変わっていける種族だ。死を受け入れ、乗り越えられた時…人間はさらに強くなれる。
自分に託された願いを力に変えて、どんなに自分が傷つこうとも上を目指すのだろう。」
ユリアスの言葉にロトは困惑したように首をかしげた。
「それは…どの種も同じだろう?」
すると、ユリアスは静かに笑みを浮かべる。
「限界が見えんのだ、人間はな。もう無理だと思っても更に上を目指す。自分の時間も限られていると知っているからこそ、時にそれが強い光となる。それが…私達のような精霊種とは異なる所だ。」
「わぁ…桜だぁ。」
その声に2人が振り返ると、アムルとユリディナが歩いてきた所だった。
そんな中、ロトはただ黙って花びらが舞い落ちる桜を見上げていると、不意に後ろから頭に腕を回され抱き寄せられる。
「な…何するんだ、アムル…。」
慌ててロトはその腕を退けようとすると、アムルは桜を見上げたまま溜息を吐く。
「泣いて良いぜ。」
「何言って…。」
突然の言葉にロトは言葉に詰まる。
「無理すんなよ。デッシュの時もエリアの時も…ドーガとウネの時も泣いてないだろ。オレにくらい遠慮するな、もっと感情ぶつけろよ。兄弟なんだぞ?
泣き顔見られたく無いって言うんだったら、見えてないから安心しろ。」
アムルがそこまで言った時、ロトの頬に涙が滑り落ちた。それに顔に手を当てロトは俯く。
「…ありがとう…。」
「おう。」
声を殺して泣くロトにアムルは桜を見上げたまま、小さな子供をあやす様に優しく頭を撫でる。
その様子を後ろから見ていたユリアスは目を閉じ笑みをもらす。
「やはり、アムルには敵わんな。」
その言葉にユリディナは2人の方を見た。
「ウルに来た時から…ロトはいくら言っても自分の感情を滅多に表に出さなかった。ずっと…遠慮していたのか自分の中に仕舞いこんでいたからな。」
「アムルは人の感情を引き出すのが上手だから…。」
ユリディナがそう言って笑うと、ユリアスは顔を上げ2人の方を見る。
「…アムルは…。」
一頻り泣き落ち着いて来た時、ロトは顔に手を当てたまま小さく呟くとアムルは首を傾げる。
「こう言う所は父さんに似てるんだな…。」
「そうか?」
ロトの言葉にアムルは嬉しそうに笑う。
その周囲には静かに桜の花びらが舞い散っていた。
小一時間経った頃…4人はシルクスへを続く渓谷へとやって来た。
目の前には距離は然程無いものの切り立った崖が両側にそそり立つ道幅の狭い谷がある。
その崖の両脇に向かい合うように剣士の姿をした石像があった。
「…これがドーガ達の言ってた古代の像か…。」
ロトが像を見上げ呟いた時、渓谷を風が吹きぬけ木の葉が舞い上がる。
その木の葉が像の間を抜けようとした時、それは何かに焼かれるように焼失した。
「な…なんだ、今の?」
アムルが唖然として呟くとユリアスは帽子を深く被り直す。
「今のがウネが言っていた事か…。あの像の間には障壁が張られている。触れたものを焼き尽くす障壁がな。」
「それを…壊すのが4つの牙…。」
ユリディナの言葉にユリアスが頷くと、ロトは今まで手に入れた水晶でできた牙を取り出した。
それを見つめロトは振り向き3人を見ると、意を決したように頷き障壁の前へ立った。
深呼吸をしゆっくりと牙を差し出す。
それが像の前に達した時、先程の木の葉の時と同じ様に像から僅かな光が走った。
光が水晶の牙に触れた瞬間、周囲にガラスにひびが入った様な音が響き渡り、それに遅れて先程まで見えなかった障壁が目の前に現れる。
中心から走ったひびが一気に像へ向かい逆流し、次の瞬間、像が轟音を立てて崩れ落ちた。
「よし、これで通れるぜ!」
像が崩れた跡を呆然と見つめていたロトはアムルの声に我に返ると、頷き笑みを見せた。
その後、残りの像を同じ様に破壊し道を開き、インビンシブルで渓谷を抜けた時、舵を握っていたアムルは行く先に見えた光に目を凝らす。
「…あれは…。」
「どうした?…あ…。」
その様子に声をかけたロトも、アムルの視線の先にあった山陰から見え始めた光輝く塔に言葉を失う。
「あれが…シルクスの塔…?」
ユリディナが呆然と呟くとユリアスは頷いて見せる。
「そうだ。あれがシルクスの塔。古代人の王の居城…クリスタルタワーだ。」
まるで天にも届くような美しい姿をした水晶の塔。
まるで時の流れが止まったかのような静寂の中にそれは静かに佇んでいた。
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