…あれは何時の事だったのだろう。闇が…世界を覆い始めた頃だろうか。
不意に感じた魔力の乱れ。慌ててあの方の姿を探す。
程なくして月明かりの指すテラスで蹲る姿を見つけ、そっと背中に手を当てる。
あの方は自分の中にある何かを押さえ込む様に、じっと胸に手を当て魔杖を握り締めていた。
暫くの沈黙。
やがて、ふっ…と息を吐き立ち上がる。
月明かりを受け長い白銀の髪が夜の闇に良く映える。
「………。」
不意に名を呼ばれて我に返る。
「お前に頼みたい事がある。」
思いもよらない言葉。
「これから闇の力が強まれば…いずれ私は正気を失うかもしれん。」
その意味が飲み込めず、しかし、同時に言いようの無い不安が押し寄せる。
「もし…そうなったならば、どんな手を使っても構わん。私を…“止めて”ほしい。」
そう言って振り返った顔は、これから起こる事を全て判っている様な…穏やかな表情だった。
なんと答えていいのか分からず言葉に詰まる自分に、あの方は静かに笑って見せる。
「闇の中で唯一…光の属であるお前にしか頼めん。」
そして、そっと自分を抱き寄せ背を叩く。
「…頼んだぞ。」
あれは…夢?
ロトはボーッとする頭で考える。夢にしてはとてもリアルな…過去に体験した事があるような感覚。
そこで、ロトは勢い良く身体を起し、慌てて周囲を見回し前髪をかき上げる。
「…何してんだ?ロト。」
隣のベッドで寝ていたアムルが挙動不審なロトの行動に目を擦り欠伸をした。
「…あ…アムル…あの…。」
「おう、おはよう。日付変わってるぜ。とっくに。」
そう言って大きく伸びをするアムルの姿にロトは大きく肩を落とした。
「さて…今日こそ暗黒の洞窟に行かねばな。」
ファルガバードを出てインビンシブルに戻り、ユリアスが溜息をつくとロトは顔に手を当てた。
「あんまり気にしちゃダメよ。兄様も人の事言えないんだから。」
「疲れてるなら休むのが一番だぜ。それより出発するぞ。」
気持ち落ち込んでいる2人の様子に笑いを堪えつつ、アムルは声をかけると舵を取る。
インビンシブルは静かに上昇し、暗黒の洞窟へ向かい飛び立った。
そこは薄暗い闇が支配していた。
暗黒の洞窟と言う名に相応しく暗黒剣以外で攻撃すると分裂すると言う、今までに無い不気味な魔物が数多く生息する。
その最深部まで辿りついた4人を待っていたのは、行く手を遮る魔物とその後ろに安置された土の牙だった。
狭い通路でロトが攻撃を受け止め、さらにその後ろから飛び掛ってくる魔物をアムルが切り伏せる。
ユリアスが呼び出した幻獣が後ろの魔物を薙ぎ払い、絶えずユリディナがロトとアムルを回復続ける。
かなりの数を打ち倒して来たものの魔物の勢いはおさまらず、次第に2人の息が上がってきていた。
そこで、最後方に居る巨人の姿にユリアスは舌打ちし長い詠唱を始める。
『蒼き水の牙 蒼き鎧打ち鳴らし 穢れを清めたまえ!』
詠唱の完了と共に4人の前にリヴァイアサンが呼び出され、その身体をくねらせる。
すると巨大な竜巻が敵を飲み込み一掃し、ロトとアムルが走り出すと奥に残った巨人の身体を剣で切り裂いた。
───土の牙を手に入れインビンシブルはドーガの館を目指し進路を取っていた。
その船室で洞窟から戻って以降、ユリアスはベッドで横になっており、それを心配してアムルとユリディナは通路から中の様子を伺っていた。
「…大丈夫かな…。」
「ん…やっぱり水神召喚は兄様にも少し無理があったのかも…。」
「…こら!」
そこを後ろから声をかけられ2人は驚いて振り返る。
すると、そこにはロトが腰に手をあて立って居た。
「こんな所で集まってるんじゃない。ユリアスがゆっくり休めないだろ?心配なのは分かるけど…ユリアスもずっと無理してたみたいだし、ゆっくり休んでもらおう。」
ロトの言葉にユリディナは頷きロトは笑って頭を撫でる。
「ロト…最近、ユリアスに似てきたんじゃないか?」
「…どういう事だ?」
船橋に戻りつつアムルは頭の後ろで手を組み口を開くとロトは不思議そうに首を傾げた。
「冷静になって来たって事だよ。」
笑いながら答えたアムルにロトは肩をすくめて見せた。
1人、船室に残されたユリアスはベッドで横になったまま、じっと手を見つめる。
…やはり今のままでは魔力不足…このままでは、3人の足を引っ張る事になりかねない…。だが…。
そこでユリアスは頭の隅に残る頭痛に手を下ろし目を閉じた。
「よく戻って来てくれた。」
ドーガの館に戻り、導かれるまま飛ばされた洞窟を進んだ先にドーガとウネ…2人の姿があった。
目の前にやってきた4人の姿に、ドーガは嬉しそうに目を細める。
「お前達にここに来てもらったのは最後の仕上げのためだ。鍵を完全な物にするために…私とウネと戦い、そして倒すのだ。」
「…私達と戦うんだよ。」
その言葉に4人は驚いて2人を見た。
「…そんな事は出来ない!!」
ロトが信じられないと言うように首を振るとドーガは諭すように語り掛ける。
「良く聞け。ザンデに対抗するにはエウレカに封印された力が必要になる。そして、エウレカに行くための鍵を完成させるには戦いが生み出す力が必要なのだ。」
「…だめだ!何と言われても…2人と戦う事なんて出来ない!!」
アムルも戸惑い拒否すると、ドーガは目を閉じ静かに顔を上げる。
「ならば、これでどうだ!私を倒さねば、お前達が死ぬぞ!!」
その言葉と同時に目を開き魔法の詠唱を始める。
「やめてくれ!!何で戦わなきゃいけないんだ!!他に別の方法があるんじゃないのか!?」
叫んだロトの声はドーガの放った魔法にかき消され、4人をユリディナが張った魔法障壁が包み込む。そこへ、ウネも魔力を紡ぐのが見える。
「ウネ!!」
ユリディナが悲痛な叫びを上げると、ウネは優しく微笑む。
「…大丈夫…肉体は死んでしまっても、魂までは滅びはしないよ。」
その言葉と共にウネの放った魔法が4人を襲い、何とかユリディナはそれを防ぎ切るがそこで座り込む。
「私達に勝てぬようではザンデを止める事など出来んぞ!」
ドーガは続けて詠唱を始めファイガの炎が襲い掛かる。そこで突如、炎の前に氷柱が現れ炎と氷は相殺しあい水蒸気が辺りを包み込んだ。
その水蒸気の中、前に立ったユリアスの姿にロトは驚き顔を上げる。
「…ここで、お前達を死なせる訳にはいかん。例え誰が相手であろうとも…。」
そこへ吹雪が吹き荒れ、ユリアスは魔法障壁を展開させる。
「お前達は手を出さなくても良い。私が…あの2人をやる。」
そして、ユリアスも詠唱を始めリヴァイアサンを呼び出し竜巻がドーガとウネを襲う。それにウネはエアロガを唱え、ユリアスはすぐさまオーディンを召喚する。
呼び出されたオーディンは4人にリフレクを張りエアロガを防いだ直後、サンダガの雷が降り注ぐ。
咄嗟に魔法障壁を張ったユリアスだったが、その直後の衝撃波を受け膝をついた。
「兄様!無理しないで…まだ本調子じゃないのに…!」
ユリディナが涙を浮かべながら、ユリアスに駆け寄り魔法を唱える。その後ろ姿にロトは唇をかみ締め俯き、アムルも黙って頷いた。
ドーガはその間にも詠唱を始め、ユリアスは顔を上げると魔力を紡ぎ手を払う。
「…シヴァ!」
その声に答え氷の女王が姿を現しドーガを強烈な冷気が包み、ドーガは吸い込んだ冷気で血を吐き出し膝を付いた。
それにウネがドーガの元へ近寄ろうと振り向いた瞬間、ウネは動きを止めた。その身体を黒い闇を纏った剣が貫いておりウネは静かに笑みを漏らす。
「ウネ…!」
そこで立ち上がったドーガの目に、ウネの身体を支えたアムルの陰から走り出したロトの姿が映る。
次の瞬間、一気に間を詰めたロトはドーガの身体を剣で貫いた。
ドーガとウネの身体を横たえ4人は膝を付く。
するとドーガは懐から淡い紫の光を放つ水晶を取り出した。
「さぁ…これでエウレカの鍵が完成した。」
ロトがそれを受け取るとドーガは小さく笑う。
「心配するな…体は失われても心までは失われはしない…。さぁ、4つの像に護られたシルクスへ向かい闇を呼び出そうとしているザンデを止めてくれ。大丈夫…お前達ならば出来る…。」
「私も…これを渡さなきゃね…。シルクスの鍵だ。シルクスの塔の封印された扉を開ける鍵…。」
そう言ってウネも光を放つ水晶を取り出し、ユリディナがそれを受け取る。
「…いつでも…あんた達の事…見守っているよ。ザンデの事…頼んだよ…。」
それを最後に二人は静かに息を引き取り、泣きじゃくるユリディナの肩をアムルは黙って抱きしめた。
そこでドーガとウネの身体は光に包まれ、やがて光の粒となって消えて行く。
その様子をただ見送る4人の前に、薄いケープを被った男性…ノアが姿を見せる。
『…悲しむ必要は無い…。2人は、この時代での役目を果たし再び、お前達と出会う準備に入るだけ…。
さぁ、行くんだ。時間は待ってくれない。虚無が完全に…ザンデを支配する前に。』
そう言ってノアも姿を消し洞窟には4人だけが残された。
北の大地にある天を貫く水晶の塔…それはクリスタルタワーと呼ばれ、古代の民が光の力を用い作られた塔である。
雪の舞い始めたその地でテラスに出てきた黒衣の白銀の髪をした男は弾かれたように空を見上げた。
「…ドーガ…ウネ…?2人の魔力が…途絶えた…?」
空から舞う白い雪を目で追い、彼の掌に落ちた雪は溶けて消えて行く。
「亡くなった…のか…?」
呆然と呟き、男は暫くその場に立ち尽くしていた。
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